DMCラボ・セレクション 〜次を考える一冊〜
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「理論を超えた実践」とは?

Book reviewer: 白石 正信 / Masanobu Shiraishi

はじめまして。DMCラボ書評四番手、白石正信と申します。大阪でクリエーティブ、京都で営業、東京で営業、流浪の13年目になりました。人生はやや難破気味ですが、次々と新しい波が沸き起こるマーケティング・コミュニケーションの海で、流されるままになることのないよう、皆さんと一緒にこれからの広告を考え、航路をとって進んでいきたく思います。

と、言いながら、今回ご紹介する石井淳蔵著『寄り添う力』(碩学舎ビジネス双書)はこの連載で今まで紹介してきたような「最先端のマーケティング理論やプランニング方法論、クリエーティブ論」に関するものではありません。著者が2〜3年にわたって書いてきたエッセイが元になっており、サブタイトルに「プラグマティズム」とあるように、ベースに「理論を超えた実践優位」の視点があります。

「実践は、現実の壁を乗り越え、理論を克服する」というのは、(中略)プラグマティズムの大事な主張点であり、本書が伝えたい一番のメッセージです。(P286)

ですので、今回は少し頭の中の「理論」は置いておいて、本書によって私たち現場の人間にとって大切な「実践」という足元を見直してみたいと思います。

さて、本書において「理論を超えた実践」を行うために必要なものとして示されるのが、タイトルにもなっている「寄り添う力」です。「臨床(=現場)で創造的観察を行い、そこからインサイトを得る力」のことを著者は「寄り添う力」と呼んでいます。

本書でその事例として紹介されているのが、医薬品会社エーザイです。エーザイでは、定款に「患者様と喜怒哀楽を共にする」とあり、社員は仕事に費やす時間の1%を患者に寄り添うことに充てています。仕事・業務の一環として、患者と過ごし、患者がなにに喜び、なにに怒り、なにを哀しみ、なにを楽しく思うのかを、感じ取ることを課題にしているのです。そのように患者の生活に寄り添うことで、製品開発において新たな視点が生まれるのですが、エーザイでは、この取り組みを具体的な業務の中に落とし込み、500を超えるテーマを持つプロジェクトとして組織で共有しています。

私たちもある商品やサービスに関する生活者のインサイトを探る、ということが仕事の大きな部分を占めており、そういう意味では「寄り添う力」は必須の能力といえます。一方でそこで得られた知見(もちろん、守秘義務にかかる話でなく、もっとベーシックな社会や時代、人間に共通したものに限りますが)が組織で共有されているかというと、まだまだ不十分であり、できることはありそうな気がします。

例えば、私たちのラボでは定期的に集まり情報交換を行っていますが、普段の業務とはまったく別の軸によって集まった人たちから、それぞれが現場で対象(クライアント、生活者、メディアなど)に寄り添うことで得られたナマの声を聞くことが何よりの刺激になりますし、そこから新しいプロジェクトが生まれることもあります。このような取り組みはラボに限らず、他のさまざまな形態でも実施されているかと思いますが、まだまだ広げていく余地はあるのではないでしょうか。

また、本書では「(対象に)寄り添う」ことから更に踏み込んだ段階である「(対象への)棲み込み」についても言及しています。

この方法は「人には、それとはわからない(暗黙の)知る力が潜んでいる」と言ったマイケル・ポランニーが提唱したものです。彼は人間が他人の顔を認識する仕組みから「近位項」と「遠隔項」という概念を思いつきます。

人は、人の顔を認識するとき、各部分(近位項)の特徴を手がかりとして、全体(遠隔項)をそれぞれとして認識します。顔の各部分を無視して、全体としての顔を認識できるわけではありません。しかし、ひとたび遠隔項であるその顔全体をそれとして認識したとき(その人と別の人の顔を見分けることができるようになったとき)、近位項である各部分の特徴についての認識は危うくなります。(P139)

この話、教科書的古典『アイデアのつくり方』(ジェームス・W・ヤング)でうたわれているアイデアを得るためのプロセスと非常によく似ていると感じました。本書の中でも続けて以下のように述べられています。

私たちは、認識のプロセスがわからなくとも、認識することができるのです。これがポランニーの言う「暗黙の裡に知ってしまう知の働き」です。
マックス・プランクが量子論を、アルベルト・アインシュタインが相対性理論を確信したのは、その確信を担保する証拠が山のようにあったからではありません。また、ヤマト運輸の小倉昌男社長(当時)が宅配便のビジネスモデルに思い至ったのも、ニューヨーク、マンハッタンの四つ辻でUPSのクルマが4台駐車しているのを見て、天啓のように閃いたのです。その閃きが、実現可能かどうかについての分析や計算は、その後行われることになります。逆ではありません。つまり、分析を積み重ねてビジネスモデルが作成されたわけではないのです。(P139-140)

分析を重ねてもたどり着くことができず、プロセスが分からないとすると「暗黙の知の働き」=「アイデアの閃き」を意識的に得ることはできないのでしょうか。そこで、ポランニーが強調するのが「対象に棲み込む」という方法です。眼前にある手がかり(=近位項)から、意味ある全体(=遠隔項)への回路を開くには、その対象に棲み込むことが肝要だ、というのです。前述の「寄り添う」が対象を観察することだとすると、「棲み込む」はさらに一段階進んで、対象になりきる、ということのようです。対象が人だとすると、その気持ちになりきる。対象が理論だとすると、その理論を使いこなし、可能性をあれこれと探ってみる。著者は「まず『寄り添い』の行為があり、それを通じて、相手と深い交流が生じて、一体化するような段階が『棲み込み』」である、と定義しています。

現場に寄り添うことでインサイトを得て、対象に棲み込むことでアイデアを得る。これらが本書が提唱する「理論を超えた実践」のひとつの形です。皆さんも日々の業務の中で当たり前のように行っていることかと思いますが、個人的に、本書で改めて言語化されることで、より強く意識し直し、足元のスタンスを見直すことができました。


Posted: 2014年4月24日 21:14 | コメント(0)

『GIVE&TAKE』―「与える人」はなぜ成功するのか?

Book reviewer: 滝村 泰史 / Yasushi Takimura

次のコミュニケーションを考える一冊。
今回は、アダム・グラント著の『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』(三笠書房)を取り上げます。

広告の本でもマーケティングの本でもない本書が、なぜラボで話題になったのか? そもそものきっかけは、ラボの読書会で『ツイッターノミクス』(タラ・ハント著、文藝春秋)という本を読んだことにあります。ソーシャルメディア時代の人間関係について書かれたこの本では、「ウッフィー」というキーワードが紹介されるのですが、それがメンバーの記憶に強く残っていました。

「ウッフィー」とは、SF小説に出てくる仮想通貨の名前。経済的な「お金」に代わって未来で流通している貨幣なのですが、他人に対して善行を行うたびに「信用」や「評判」が蓄積され、その多寡によってすべての決済が行われるというもの。つまり、評判が高い人ほどリッチであり、低い人ほどプアというわけです。

ソーシャルメディア時代には、オープンなネットワークの発達によって、個人や企業の「評判」が短期間で流通するようになる。『ツイッターノミクス』では、貨幣経済は残るものの、一方で「評価経済」とも呼びうる「評判」を介したつながりが、これから重要になると予測しています。

そこで今回の『GIVE & TAKE』ですが、そうしたソーシャルメディア時代の特質をベースに、人に惜しみなく与える人(=ギバー)が、長期的に見た場合にいちばん成功するということを、豊富な事例をもって実証的に明らかにしようとしています。「相手のことを考え、真っ先に相手に与える人」(=ギバー)は、「つねに自分の利益を優先させる人」(=テイカー)や「自分と他人の損得バランスを考える人」(=マッチャー)より、幸せな成功者になれるというのです。

これまでの人間関係、特にビジネス社会では、ギブ&テイクが常識的な態度であり、本書の分類でいえば「マッチャー」が主流になっていて、与えてばかりいる「ギバー」は損をするのではないかと思われがちですが、著者はそこに3つの時代の変化があると言います。

1つ目は、先ほども触れましたが、インターネットやSNSが普及し、良い評判が形づくられ流通するまでの時間が短くなったこと。2つ目は、ビジネスにおいて、個人の作業よりチームの作業が多くなり、「ギバー」がその真価を発揮する場面が増えたこと。そして3つ目は、サービス業が主流になり(現在ではアメリカ人の80%以上)、会社や自分の利益より、顧客の利益を一番に考えることが、成功のカギになってきたこと。

こうした時代を背景に、他者志向の「ギバー」が同僚や顧客の評判を獲得し、結果として成功するというわけです。

ただ、こうした「評判形成」の話に加えて、より本質的なのは、「ギバー」は、ビジネスを「ゼロサムゲーム」と考えず、全体のパイを増やそうとするので成功するという話です。

「ゼロサムゲーム」とは、一方が勝つと、もう一方が必ず負ける(利益の総和がゼロになる)ゲームのことですが、ビジネスは必ずしもゼロサムゲームではないことを、著者はいくつかの具体例とともに説明していきます。

たとえば、限られた市場ではパイの奪い合いになるが、その市場に新しい価値を持ち込み市場全体のパイを拡大すれば、すべての人が今より多くの恩恵を受けられること。あるいは、チームの作業では、個人個人が競争原理で動くより、おたがいに助け合い、伸ばし合うことで、チーム全体のパフォーマンスが格段に上がること...etc.

つまり、従来のような、どちらかが勝てばどちらかが負けるという世界観ではなく、ともに利益を増やせるやり方を模索するのが「ギバー」の世界観です。

そして「ギバー」は、関わる人すべてに利益をもたらす重要な場として、ネットワークやコミュニティーをとらえます。チームの作業が増え、仕事の8割がサービス業である現在、同僚や顧客とどれだけ有効なネットワークを築き、そこで全員のメリットになるような新しい価値を生み出せるかが勝負になる、と著者は述べています。

「ネットワークとは自分のためにつくるものではなく、すべての人のために価値を生み出す道具であるべきだ」

上記は、本書に登場する究極の「ギバー」、リフキンという人物の言葉ですが、自分のメリットだけを求めてつながる、いわゆる「人脈づくり」とは違う、ソーシャルメディアの本質的な価値を言い当てています。


Posted: 2014年4月10日 08:30 | コメント(0)