DMCラボ・セレクション 〜次を考える一冊〜
- MONTHRY ARCHIVES

こんにちは、電通第2CRプランニング局の見市(みいち)です。いまから数年前、宣伝会議が主催する谷山雅計さんのコピー専門クラスに通っていました。ここはすごく良いクラスで、なにが良いかというと、先生方が本当にドSなんです。それなりのお金を払って、毎週100本ぐらいのコピーを書いて真剣に授業を聞きにきているような、宣伝会議的には超優良顧客である僕ら生徒たちを、とにかく毎週毎週、怒り続けるんです(笑)。

「君のコピーぜんぜんダメ!なぜダメかをみんなの前で話しましょう!」という具合に、ときには大声で、ときには冷徹に...。毎週ビクビクしながら通っていました。ちょっとつかみとして大げさに言いましたが、今思い返すとそんな印象です。でもその厳しさが本当に良かった。厳しさの裏に、とてつもなく大きな愛みたいなものを感じていたし、高いハードルを示し続けてもらったことが、間違いなく、いまの自分の仕事の糧になっているとも思います。

少し前置きが長くなりましたが、今回紹介する本は、そんな谷山さんの新著『広告コピーってこう書くんだ!相談室(袋とじつき)』(宣伝会議)です。谷山さんのクラスで行われる「大質問大会」に寄せられた、コピーの書き方についての質問とそれに対する谷山さんの的確すぎる答えが、ぎゅっと凝縮されたありがたい一作です。それでは、いくつかのQ&Aをご紹介しましょう。

 

Q.書いて散らかしたコピーの「選び方」がわかりません。

 

分かりますね、その、分かりませんという気持ち...。コピーを書けば書くほどに客観性を失って、一体どのコピーが本当に良いのか、分からなくなってしまうものです。そんな悩みに対して谷山さんは、広告というのはチーム仕事だから周りにいるプロに選んでもらうのもアリ、という前置きをしながら、選び方を身につけるためのトレーニング方法を披露しています。

 


「逆の視点で考える生活」をすること。自分が受け手のときは、つくり手の目で考えて、つくり手のときは、受け手の目で考える。それを日常のなかで、完全に習慣化してしまうということです。
たとえば、受け手のとき。映画を見るにしても、「この伏線はあとで、どう活かすとおもしろいだろう」「ここで出てきたこのキャラクターには、このあと、こんな役割を果たさせるといいんじゃないか」などと、つくり手目線で考えながら見る。(P.40)

 

その場その場でコピーを選ぶコツのようなものがあるわけではなくて、客観性(相手からどう見えているか)という筋肉を日頃から培うことで、少しずつコピーを選べるようになる、ということですね。これはコピーに限らず、企画やプレゼンのレベルアップにも言えることではないでしょうか。よく考えれば当たり前のことですが、名言化されるとハッとします。「つくり手脳」と「受け手脳」を往復する生活、コミュニケーションを生業にする人たちには、とても効果がありそうです。

 

Q.的外れなクライアントからの修正依頼に、どう対処すればいいでしょうか?

 

これも、あるある質問の一つかと思いますが、谷山さんはきっぱり答えます。「もちろん修正します」と。なぜかというと、理不尽なダメ出しから生まれた歴史的名作があることを知っているから、とも付け加えています。

 


水木しげるさんの漫画『ゲゲゲの鬼太郎』のタイトルも、じつはそうやって生まれたものだそうです。
もともと、雑誌に掲載されていたときは『墓場の鬼太郎』だったのだけど、テレビアニメになるときに、「そんな縁起がわるいタイトルじゃ、お金なんか出せないよ」と、スポンサーからクレームがついたというんですね。
で、タイトルを変えようということになるわけですが、作者の水木さんにしてみれば、鬼太郎は墓場で生まれた妖怪という設定ですから、やっぱり「墓場の鬼太郎」です。もしそれにこだわっていたら、あの漫画はアニメにならなかっただろうし、いまみたいに後世に名を残す人気作にならなかったかもしれません。(P.81-82)

 

想定外のダメ出しがあって、それをまっすぐに受け止めてなんとか乗りこえたコピーや広告は、意外にも高い確率で、ダメ出しされる前よりも良いものになる、ということなのです。よくプレゼンの後に、クライアントさんから「ではこの方向でブラッシュアップをお願いします」と言われてムッとしてしまうことあるじゃないですか。「ブラッシュアップってなんだよ!完璧な案だし!」みたいに(笑)。でもあれって、実は大切な展開で、個人が考えた完成度は高いけどある種閉じたアイデアを、いろいろな視点からのダメ出しをもとにたたきあげていくことで、より多くの人に開かれた広がりのある表現に育ててゆくためのフェーズなのだと思います。

Q.ネーミングの考え方を教えてください。

 

本書はコピーだけでなく、ありがたいことにネーミングの考え方にまで踏み込んでくれています。コピーのハウツー本は数多あれど、ネーミングについてはあまり体系化された知識を持たずに、なんとなく書いている、という人も多いはず。谷山さんはネーミングを考えるにあたっての、一つのきっかけを提示してくれています。

 


その商品が、「それをつかう人のキャラクターに影響を与えるもの」なのか、それとも「影響を与えないもの」なのか、です。
たとえば、田中さんという人がいたとして、ふだん彼が家で「ごきぶりホイホイ」をつかっていたとしても、「あの、いつも"ごきぶりホイホイ"をつかっている田中さんね」とは周囲からはいわれません。(P112)

 

 


ところが、商品のなかには、それをもつ人、つかう人のキャラクターに影響をおよぼすものもあります。
たとえばクルマは、「BMWに乗っている田中さん」とか、「プリウスに乗っている田中さん」といういわれ方をします。(P113)

 

 なんとも明快です。キャラクターに影響を与えない商品の場合は、ヘタに名前をこねくりまわすよりも、直接的に機能がパッとわかるベタな商品名のほうがよい。逆に、キャラクターに影響を与える商品の場合は、それを所有していることが恥ずかしく思えたり、飽きられてしまったりすることがないように、意味性を強く出しすぎずに語感を重要視するのが良い、とされています。この考え方は、ネーミングのスタート地点として、あるいは、クライアントさんとの間で「商品名の中で機能をもっと前に出すべきじゃないのか??」などの議論をする時に、明快な指標としても活躍しそうですね。

Q.メディアの多様化で、コピーの役割はどう変わりますか?

 

コピーの仕事は「大きく2つに分かれるかもしれない」と本書では予想されています。今の時代、コピーだけに頼らなくても、多様なメディアやテクノロジーをつかって、コミュニケーションの入り口まで世の中の人を連れてくることができてしまう。そうなると、コピーライターの仕事としてはその奥でちゃんと納得してもらえるような、しっかりした説明文やボディーコピーを書けるかどうかが大事になる。そしてもう一方で、川上の部分で企業のミッションやブランドのビジョンなどを言葉にするコピーライターも、すごく必要とされようになる。とも述べられています。

僭越ながら、僕もこのことは日常的に実感しています。最近は、コアアイデアとメディアを上手に組み合わせれば、2ベースヒットは打ててしまう。ただ、そのコアアイデアを本当に強いものにしてホームランを打つためには、根っこにあるブランドのビジョンが本質的であることが大切で、そこが欠けるとどうしてもキャンペーンが上滑りしてしまう。逆に、コアアイデアが強くても、売りの最前線にある小さなコピーたちのクオリティーが低いと、せっかく話題になってもモノが動かない。なんてこともあります。川上と川下での、言葉の力が重要になっている、そう感じます。

 

「袋とじ」はコピーライター必読です。

 

以上、個人的にグッときたQ&Aをご紹介してきましたが、他にもいろいろな質問があります。「コピーって結局、『ひとこと』でいうと、なんですか?」「プレゼンのコツを教えてください」「どんなオリエンが理想的ですか?」「『伸びる人』と『伸びない人』のちがいを教えてください」。どれも答えを知りたいですよね...(笑)。全ての質問に対して、極めてロジカルに、平易なことばで、分かりやすい具体例とともに、打ち返していく様子は本当に痛快です。

また、この書評では触れていませんが、本書のもう一つの大きな特徴として明記すべきなのが「袋とじ」ですね。僕は初見で失礼ながら、なんかエロいな...(笑)と思っちゃったんですが、これが開けたらすごいんです。東京ガスさんの名コピー「ガス・パッ・チョ!」を書かれた時のノートがほぼそのまま公開されていて、しかも、その横で、この時はこういうことをクライアントさんに言われてこういうふうに考えて、というような経緯が実に細かく(!)解説されているんです。本書ラストに展開される「将軍コピー(キャンペーンコピー)の書き方」とともに、大きなキャンペーンや競合プレゼンを背負うコピーライターにとっては、必読の部分ではないでしょうか。

タイトルに「相談室」とあるように、30人クラスの前のほうに谷山さんがいて、生徒たちが投げかける質問に丁寧に答えてくれている、まるでその場に実際に自分もいるような感覚を覚えてしまう。だからスラスラ読めて、なのに、とっても役に立つ。そんな素晴らしい本でした。


Posted: 2015年10月21日 14:16 | コメント(0)

10年後の世界で、僕たちが生き残るためのヒント

Book reviewer: 京井 良彦 / Yoshihiko Kyoi

今回は、『10年後世界が壊れても、君が生き残るために今、身につけるべきこと』(山口揚平著、SB Creative)を取り上げましょう。

山口揚平さんは、外資系コンサルティング会社で企業再生に携わった後に独立。クリスピー・クリーム・ドーナツの日本参入や、宇宙開発事業・電気自動車事業などに関わり、現在は事業家・思想家として執筆をされているようです。

 

競争力を持つために日本を解散する!?

 

21世紀の社会は価値観の大きな転換期を迎えていますが、10年後はいかなる世界となるのか、それに向けて僕たちは何を学び、どう生きていくべきなのかについて、本書は大きな示唆を与えてくれます。

まず本書では、「日本が競争力を持つためには、日本を解散してブロック化し、個々の地域ごとにブランディングするべき」という考えが提示されています。

例えば、「東京圏・京都・瀬戸内・九州・北陸」の5つのブロックです。東京圏はアジアへ文化を輸出するためにTOKYOブランドのお墨付きを与える市場。京都は古都観光立国。瀬戸内は地中海に面するイタリアのような海の恵み。九州は韓国や中国と向き合う貿易市場。北陸は北欧のように伝統産業やデザインや緻密な先端技術。

このように、それぞれの独自性を持ってコミュニティーを作っていくことを目指すべきで、僕たち個々はどこのコミュニティーに属して「国造り」に貢献していくかを考えていかなければならない、というわけです。

今も「中央集権から地方分権へ」という議論はされていますが、本書の構想は統治からではなく、ニーズに基づく経済圏からという視点が新しいと感じました。

 

階層を超えたいなら、早く手を打たなければならない

 

そして、そんなコミュニティ内でも「格差」が生じ、じわじわと階層化が進むと述べられています。

例えば、コミュニティは「地球市民層、都市上位層、都市下位層、地方層、非社会層」と分かれるとされ、「地球市民層は国や地域を選ばずに自由に移動する人物、都市上位層は上場企業の役職者や起業家など、都市下位は伸び悩んでいる中小企業」というような定義がされています。

そしてあと10年で、これら階層化の蓋が閉じると述べています。
僕たちは、自分がどこの層に属することになるのかを認識し、階層を超えたいのであれば、早くに手を打たなければならないわけです。

しかしながら、これらは単純なヒエラルキーとはならないようです。なぜなら社会自体が、「資本主義というタテ社会」から、「ネットワークというヨコ社会」に大きく移行していくからです。

 

モノを作ることは悪

 

ネットワーク社会では、必要なものを譲り合う「シェア経済」が発達していくため、モノについては「more and more(多ければ多いほどいい)」から、どんどん「less is more(物事はシンプルなほうがいい)」という価値観になっていくと述べられています。

すでに欧州では「モノを作ることは悪」という考え方があるそうです。

 


モノはいずれゴミになる。それは廃棄コストにつながり、最終的には、社会損失となる。家具や家電をアジアや東欧で大量生産してタンカーで運んで売りさばくなんてことはとんでもない時代錯誤だ(P.94)

 

ならばモノとの交換の単位であるお金の価値も変わるでしょう。

本書では、ネットワーク社会では「数字としてのお金」ではなく、「個人の信頼残高」に価値がシフトするとあります。そして、そんなネットワークを維持構築していくための「コミュニケーションの能力」がますます重要になるとも述べられています。

では、そんな来るべき世界に向けて、僕たちは何を学んでいけばいいのでしょうか?

 

21世紀の人間の仕事は、アートとデザインしかない

 

本書には「情報ではなく本質を捉える」「教育の再考」「旅(移動)をして新たな問題意識を入手する」など、いくつかのアドバイスが提示されます。

例えば、本質を捉える例として、PayPal、テスラモーター、スペースXと次々と起業を成功させているイーロン・マスク氏を挙げています。成功のカギは、「起業家の役割は、全体構想とモジュール分解(モジュール分解とは構想を実現するためにパーツ分けすること)」という本質を捉えていることだというのです。

今の時代は、最高の技術に関する知見には誰もがアクセスできます。そのため、

 


自身はひたすら構想とそのための知識に集中し、構想化された方程式が現実世界で機能するかをひたすら検証し続ける(P.204)


ということが事業の本質だというわけです。

でも、究極として「21世紀の人間の仕事は、アートとデザインしかない」と言い切ります。なぜなら「言語化されるあらゆる事柄が機械によって最適化されるから」です。

 


アートとは、個人の意思に基づく本質の表層だ。つまり、私たちが近くした本質を言葉以外で具体化したものがアート

(中略)
デザインとは、de-sign、つまりノイズアウトすることによる人々の認知コストの低減だ。余計な情報をなくして、みんなに同じように伝わるようにする(P.214)


これらは受け手の立場を思う気持ち、つまり「愛」がないとできないものです。つまり、「愛」を行動の源泉にするものは、いかなる機械にも代替できない人間だけの仕事であるというわけです。

結局、「人間愛=社会、コミュニティへの貢献」を追究し続けることが、もし10年後に世界が壊れても僕たちが生きていくために必要なことだという結論です。

自分が、社会に、コミュニティに、貢献できることって何だろう?

そんな問いを背負いながら、これからも学び続けていくしかないのかな、と思うのでした。


Posted: 2015年10月 8日 11:33 | コメント(0)