DMCラボ・セレクション 〜次を考える一冊〜
白石 正信 / Masanobu Shiraishi ARCHIVE

確率思考の戦略論

Book reviewer: 白石 正信 / Masanobu Shiraishi

こんにちは。高校までしか数学を触ったことがないバリバリの私立文系人間の白石と申します。そんな私ですが、周囲であまりに評判が良いので、年末におっかなびっくり本書『確率思考の戦略論/USJでも実証された数学マーケティングの力』(角川書店)を手に取ってみたところ、下手なフィクションよりもエキサイティングでページを手繰る手が止まらなくなり、勢い余って、遅ればせながら本稿にて(本書は昨年2016年6月に刊行されています)ご紹介します。

USJが驚異的なV字回復を実現させた「タネと仕掛け」


書籍版の帯には「世界屈指のマーケター&アナリストがUSJに導入した秘伝の数式を公開」とあり、実際に巻末に全体の約6分の1を費やした数学モデルの説明があります。数学がお好きな方であれば、美しい数式に興奮することもあるのでしょうが、あいにく私にはそのような高尚な能力はございません...では、本書のどこがそんなにエキサイティングだったのでしょうか。


本書は森岡毅、今西聖貴の両氏による共著です。森岡氏はP&Gを経て2010年にUSJに入社、今西氏もP&Gを経て、森岡氏に請われる形で2012年にUSJに入社。お二人の獅子奮迅の活躍により「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」はここ5年間で著しいV字回復を見せ、毎年100万人という驚異的なペースで集客を増やし、2015年度に年間来場者数は1390万人に達します。5年前には730万人だったので、ほぼ倍増というとんでもない実績です。

この途方もない結果を「マジック(魔法)ではなく、本当はタネも仕掛けもあるマジック(手品)なのです」(P2)、「確率思考の戦略は(中略)種も仕掛けもある手品ですから、誰がやっても再現性があるのです」(P304)と言い切り、そのタネと仕掛けをひもといていくのが本書です。面白くないわけがありません。

もちろん、細かい部分は実際に本書に当たっていただきたいのですが、もし私のような「タイトル(=数学マーケティング!)で腰が引けてなかなか手を出せない」という残念でもったいない早とちりをしている方がいらっしゃれば、お伝えしたいことがあります。

マーケティング関連本としては前人未到の有用性と面白さ


私は本書は以下の四つのレイヤーによって構成されていると感じました。

①独自の見解に基づくマーケティング基礎理論
②現実の市場におけるケーススタディー
③理論を現実で実践するためのアイデアと心構え(力業含む)について
④意思決定を行う人間の覚悟と心の痛み、目的を達成した上でなお生じる苦悩について

①②はいわば「マーケティングの教科書」としての要素です。もちろんここに関してもP&Gで培い、USJで事に当たった際に活用したマーケティングセオリーや、実際に市場で起きた出来事が非常に分かりやすく解説されています。

しかし、私は本書にマーケティング関連本としては前人未到の有用性と面白さをもたらしているのは、これら①②があった上で、さらにその先に展開される③④にあると感じました。

理論上は正しいと思われる戦略を現実で実務として遂行する過程で生じるさまざまな問題や障壁をあらゆる手段を用いて全力で乗り越えていく③、正しい意思決定を行うために心を鬼にして情緒を排し成功確率の高い戦略を選び取る覚悟や、その結果、成功したとしても反発をする人も必ず出てくることから生じる④。このドラマチックな部分までを含めて「マーケティングという仕事」なのだとお二人は伝えたかったのではないかと勝手に感じ入っています。

USJが社運を賭けた「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」の需要予測に関するエピソードをご紹介します。この需要予測は森岡氏自らも行うのですが、より確度を高めるためにかつての盟友・今西氏にも別の考え方での需要予測を依頼します。具体的な方法はお互いに言い合わないように注意しながら、それぞれが分析を行い、ついに迎えた結果を見せ合う日。二人は互いに手のひらに自分が信じている数字を書き、それを同時に見せ合います。二人の予測はほぼ一致していて、お互いにニヤリと笑う...まさに映画やドラマのワンシーンのようなカッコ良さです。

日本人が、マーケティングに携わる人間が、持つべきもの


終章で森岡氏はこのように書かれています。


私にとって、本書はずっと以前から最も書きたかった本でした。これからの日本にとって、最も重要だと考えていて課題に対して、自分なりの考えを広くお伝えしたかったからです。その課題とは「日本人は、もっと合理的に準備してから、精神的に戦うべき」ということ。その1つの答えになる、我々が培ってきたノウハウを広く知っていただく機会が本書の出版なのです。(P304-5)


日本人は合理性よりも情緒や共感性を重んじる傾向がある、とよく言われます。なので、もっと合理的思考を身に付けよ!と続くわけです。それは正しく、市場が世界に広がり、イノベーティブな製品やサービスが海外からどんどんと流れ込んでくる中でますます日本人にとって必要になることは間違いない。一方で、精神的なあり方もそれと同等か、それ以上に重要で、イノベーションを起こす人はいつだって皆覚悟や情熱や狂気に溢れています。本書では前述の①②で合理的な思考法ついてレクチャーした上で、③④で精神的なあり方についても語ってくれています。まさしく、マーケティングに携わる人が持つべき「合理」と「精神」、両方に関して余すところなく書かれていると言えるのではないでしょうか。

本書が世に出ることでマーケティングという仕事が活性化し、日本の経済が今までよりもいくらか豊かになることも著者の二人は数学的に予測していて、今はその推移を観測しているのかもしれない、そんな気持ちにすらなる本でした。

ぜひ、手に取ってみてください。


Posted: 2017年1月26日 10:28 | コメント(0)

CMを科学する

Book reviewer: 白石 正信 / Masanobu Shiraishi

今回はデジタルインテリジェンス代表取締役の横山隆治氏による『CMを科学する』(宣伝会議)を取り上げます。

タイトルである「CMを科学する」。「科学する」とはどういう意味合いでしょうか。本書では「再現性を担保すること」と定義されています。取り巻く変数が非常に多く、効果を精緻に測定・検証することが難しいのが「テレビ」と、テレビで放送する広告素材「テレビCM」です。その広告効果の再現性を少しでも高めようとする試みの最新の状況が紹介されているのが本書です。

 

インターネットにつながれたテレビはすでに1000万台近くある

 

「デジタル」というキーワードが昨今の広告業界では騒がしく叫ばれていますが、本書では「デジタルマーケティング」を、「ネット領域だけに閉じたもの」ではなく、「マス・リアル・ネットの三領域をデジタルデータで統合し、顧客導線を最適化する」(P.176)ことと定義しています。

ネットとリアルについては、早い段階から、さまざまな行動データが取れるようになりました。一方で、最も影響力が大きいマスメディアであるテレビには「視聴率」という単一の指標しかありませんでした。また、テレビCMの評価方法も対象者に強制視認させた上でのアンケート聴取が主な手法で、人間の反応の95%を占めるといわれる「無意識下の反応」まで探るすべはありませんでした。

しかし、いまや国内のテレビは1000万台近くがネットとつながり、今後もオリンピックに向けた買い替え需要などで、ネット接続されたテレビ受像機の台数は増加すると予測されます。ネットとつながったテレビはパソコンやスマートフォンと同じデジタルデバイスなので、「視聴率」以外の詳細な視聴ログデータを取ることができるようになります。CM素材の評価に関しても、脳波を計測するなど、ニューロサイエンスによるアプローチで、無意識下の反応を測定する方法が開発されています。

つまり、今までは困難だったマス領域でもデータによる検証で再現性を高めることが可能になり、先述の「マス・リアル・ネットの三領域をデジタルデータで統合し、顧客導線を最適化する」ことが実現可能になりつつあるのです。

 

ニューロサイエンスによるCMの評価

 

ニューロサイエンスによるCM評価手法の可能性のひとつとして紹介されているのが、電通サイエンスジャムが開発した脳波から五つの感性(興味・好き・ストレス・集中・鎮静)を分析できる簡易型評価キット「感性アナライザ」です。

この感性アナライザ、私も実際に手に取ってみたことがありますが、非常に軽く、頭に装着することへのストレスはほとんどありません。今までは脳波を測るためにはMRIを使用したり、大型の脳波計を装着しなくてはならなかったのですが、そのような特殊な状態にあるということ自体が測定結果に影響を及ぼす可能性が高く、実際の視聴環境とは隔たりがあることが課題でした。その点を解消する可能性があるのがこのデバイスです。

電通サイエンスジャムでは、この感性アナライザと過去のCMアーカイブを活用し、視聴時の脳波データの蓄積からパターンを探ることで、「効果の高いクリエーティブ」をつくるためのヒントを見つけ出そうとしています。

(補足:感性アナライザはその機動性を生かして、さまざまなマーケティングの検証実験に用いられています。例えば、海外からの観光ニーズを探るために、観光客にガイドをつけた場合とつけなかった場合とで興味度がどのように変わるのかを検証したり、ファミリーレストランの店舗内でストレスがかかりやすい場所はどこなのかを明らかにし、店舗設計の改善に生かしたりしています)

また、ニールセンでも脳波測定とアイトラッキングを組み合わせたニューロマーケティング調査を行っており、「注目」「感情関与」「記憶」といった三つの指標で分析しています。

その分析結果から、脳波の反応の違いは年代や人種や国籍以上に男女の違いが大きいということや、CMで商品カットにさまざまな情報を詰め込みすぎると注意が分散して効果が半減してしまうこと、文脈やストーリーを無視して機能説明を入れてもスコアは落ちてしまうことなど、今までも肌感覚として想定されていたことが、実際にデータによって裏付けられています。

また、アンケート調査でブランド名をきちんと回答している場合でも、無意識下では競合ブランドを想起していて、長期記憶には競合ブランドが刻まれてしまっている、といった懸念すべき事態があることなども、ニューロマーケティング調査によってはじめて明らかになりました。

 

「CMが科学できる」時代の具体策

 

このようにテレビに関するさまざまな視聴データが取れ、CMについても無意識下の反応まで測定できるようになり、これからますます「CMが科学できる時代」になっていきます。

そのような変化の中、本書で提唱されている今までと大きく異なる考え方が「キャンペーンもいわゆる「アジャイル」(即時対応)型に」(P.144)です。


テレビCMのアクチュアル到達をリアルタイムで把握して、ターゲット到達が足りないと見れば、入札型の動画広告で補完していく。つまり「リアルタイムの運用で最適にする」(中略)消費者からの反応もリアルタイムで把握し、対応できるのであればキャンペーン期間中にも何らかの施策実行をするべきだ。(P.144)

 

そのために著者は「7:2:1」の予算配分を提唱しています。その内訳は、すでに効果が検証されているメディアや手法に7を、新たにチャレンジして効果検証すべきメディアや手法に2を、最後の1は前述の通り、キャンペーン中に生活者の反応や競合の動向に対応できるように見ておく予算、というわけです。

 

最後に

 

ここまで、「いまテレビとテレビCMに起きている大きな変化の概要」「ニューロサイエンスを用いたCM評価手法」「データを生かすためにキャンペーンもアジャイル型を推奨」といったトピックをご紹介しました。本書には他にも「新しく登場したテレビ視聴データ供給サービスの紹介」、「データの分析から得られた知見の事例」、また「日本以上に急速にテレビの視聴環境が変化しているアメリカの最新レポート」などが掲載されています。これからはじまる「CMが科学できる時代」に備えるために必携の1冊として、ぜひ手に取ってみてはと思います。


Posted: 2016年6月25日 13:59 | コメント(0)

今回ご紹介するのは講談社で数々のコンテンツをヒットさせた後、2012年から作家のエージェント会社コルクを立ち上げた編集者にして経営者でもある佐渡島庸平氏による『ぼくらの仮説が世界をつくる』(ダイヤモンド社)です。

 

世界はこれからどうなっていくのか?

 

ページを開くと最初に書かれている問い掛け。それが「これから世界は、どうなっていくのでしょうか?」。私もすごく気になります。先行き不透明で、不安です。そんな私を佐渡島氏はバッサリ切り捨てます。「『世界がどうなるか』を心配する時間があるなら、『世界をどうするか』を考えたい」。この本は「作家のエージェント業」という第一線のさらに先、もはや第ゼロ線とでもいうべき新たな地平を切り開いている佐渡島氏が「世界をどうするか」を考え実行するために、どのようなアプローチで思考し、何を実践しているのかが書かれたものです。

 

「感情コントロールの方法」や「基本の徹底の大切さ」など、ぜひ読んでいただきたい箇所がたくさんあるのですが、それは実際に本書を手に取っていただくとして、ここでは大きく、3つの点について触れたいと思います。

 

革命を起こすための「仮説・検証アプローチ」

 

まず1つめ。本書のタイトルとも関わりのある「仮説を立てる」アプローチ方法です。佐渡島氏が「ヒットを生み出す」ことができるようになったのは、「仮説・検証」という思考のフレームワークを徹底して実践してきたからだそうです。「私も普段からそれくらいやっているよ」と思ったそこのあなた。ちょっと待ってください。仮説を立てる前に、情報を集めちゃったりしていませんか?
重要なのは「仮説を先に立てる」ということなのです!(私は残念ながら「先に集める」派でした!)佐渡島氏は、「情報→仮説」という順番では「前例主義」に陥ってしまう、と警鐘を鳴らしています。新しいものを生み出すときには「日常生活の中で、なんとなく集まってくる情報」や「自分の中にある価値観」といった「世の中にはまだ存在しないデータ」から出発することが大切だというのです。

 


前例主義に陥らないためには「先に」仮説を立ててみることです。
そしてその仮説を補強・修正するために、情報を集めてくる。その順番が大切です。「情報→仮説→実行→検証」ではなく「仮説→情報→仮説の再構築→実行→検証」という順番で思考することで、現状に風穴を開けることができるのです。(P.27)

 


過去の数字を集めてきても新しいことはできません。(P.28)

 

佐渡島氏は、日々作家と過ごす中で「エージェント業こそが日本の出版・コンテンツビジネスを活性化させるために必要ではないか」という仮説を持ち、海外の情報などさまざまな情報を集めて検証した上で、コルクを立ち上げました。起業した後もさまざまな方面からのフィードバックを受けて、仮説の検証と再構築を繰り返しながら、この新しい試みを成立させるために戦い続けているのです。

 

本質を見るための「宇宙人視点」

 

次に紹介するのは「宇宙人視点で考える」という思考法。これは、あらゆる常識やこれまでの慣習など表面的なものにとらわれずに、ものごとの本質を「まっさらな頭」で考えるための方法です。やり方はかんたん(すぐにできるかどうかは別ですよ)。

 


ぼくはものごとの本質を考えるときに「自分が宇宙人だったら、どういうふうに考えるだろう」と思考しています。(P.60)

 


宇宙人には、レッテルやイメージという固定観念もなければ、業種という概念もありません。よって、純粋なビジネスモデル=骨格だけが浮かび上がってくるのです。(P.62)

 

本書には、「宇宙人的視点」を用いて物事を捉えなおす例が幾つか出てきますが、分かりやすい例として「『出版社』のビジネス上の強みは何か?」について説明します。さて、皆さんは何が強みだと思われますか?
はい!私は「コンテンツをつくる力」だと思います!

 

佐渡島氏が、この「宇宙人視点」で捉えなおした「出版ビジネスの本質」は、「出版社の強みは『流通』にある(あった)」でした。私、またもやバッサリです。いわく、書店と取次会社という出版業界のシステムがあるからこそ、全国一律に本というものを店頭に届けることができて、それが強みだったのだ、と。続けて、現在はEコマースの発達などにより、そのチャネルが弱くなることで出版不況が起きているのであって、出版社のものづくりの能力に大きな変化が起きているわけではないのだから、収益改善のためにはコンテンツの質の向上よりも、流通の再構築に取り組むべきだ、とひもといていきます。

 

今は「ストーリーの時代」

 

最後に、そんな「仮説・検証アプローチ」や「宇宙人視点」を用いている佐渡島氏が、今の時代をどのように見ているのかを紹介します。現代は「ストーリーの時代」だというのです。

 

・モノが絶対的に足りず、モノを供給できる企業が勝った「モノの時代」
・質の高いモノを作れる企業が勝つ「モノと質の時代」
・さまざまな業界にデザイン志向が入り込んでいった「モノと質とデザインの時代」
・2000年代には安さまで加わった「モノと質とデザインと安さの時代」

 

社会はこのような変遷をたどっていて、ついに2010年代、モノそのものに付加できる価値が限界に達し「モノがあれば幸せになれるはず」という幻想は通用しなくなって、


「背景にあるストーリーに共感するからモノが欲しい」
「ストーリーに共感することによって心を満たしたい」
という時代が訪れている、と佐渡島氏は見ています。

 

そして「デザインの時代」にデザイナーがさまざまな業界に入り込んでいったように「ストーリーの時代」には共感を呼ぶストーリーを紡ぐことができる編集者や作家の能力が重要になっていくのでは、と予測しています。

 

「ストーリーの時代」のほかに、「共感」「自分ごと」「参加」といったキーワードも出てきますが、いずれも現在のコミュニケーションプランニング、キャンペーンプランニングにおいて、必須の要素となっており、やはりコンテンツ制作に限らず現在は「ストーリーの時代」になっていると言えるのではないでしょうか。

 

おわりに

 

この他にもたくさんの思考方法や手法が紹介されているのですが、私が、佐渡島氏がなぜ、周囲を巻き込みながら自らの仮説を具体化していけるのか、その最も重要にして不可欠な点は、何よりも「思い(熱狂)を周囲に感染させる」能力に優れているからだと思うのです。

 

実は、私は十年以上前に、佐渡島さんとお会いし、言葉を交わしたことがあります。

 

社会人になって間もないころに出席した友人の結婚式で、友人の友人代表(ややこしいですね)としてスピーチをしていたのが佐渡島さんでした。もちろん、当時から講談社内でご活躍されていたとは思うのですが、まだその名声が世に響き渡る前だったので、私も「友人の同窓の親友」以上の情報は持っていませんでした。しかし、そこで披露されたスピーチがあまりに素晴らしく、極度の人見知りのはずの私が、その後の歓談時に思わず駆け寄り「スピーチ、すごく良かったです」と気付けば両手でがっしり握手をしているではないですか。残念ながらスピーチの内容はもう覚えていませんが、自分の感情がたき付けられ燃え上がり、そのような大胆な行動に出てしまったことに自分自身がいちばん驚いたことをよく覚えています。

 

本書では、後書き的なポジションである「おわりに 仮説を実現する冒険に出よう」で、その能力が発揮されています。それまでの1〜6章はロジックに基づいた思考法や実践法や物事の見方の紹介でしたが、この最後の最後のパートで、氏のエモーションが大爆発し、読み手に燃え移るのです。熱いです。

 

もし、佐渡島さんに再びお会いできる機会があれば、十数年ぶりに両手でがっしり握手をし「この本、すごく良かったです」とお伝えしたいと思います。


Posted: 2016年2月10日 20:39 | コメント(0)

Google人事部門トップが書いた『WORK RULES!』

Book reviewer: 白石 正信 / Masanobu Shiraishi

今回は『ワーク・ルールズ!−君の生き方とリーダーシップを変える』(東洋経済新聞社)を紹介します。著者のラズロ・ボック氏はGoogleのピープル・オペレーションズ(人事)担当上級副社長で、世界40カ国以上のオフィスで働く5万人以上の「グーグラー」を束ねる人事部門トップ。彼がGoogleの社員採用、成果評価、モチベーション維持の方法について、つまびらかに書いたのが本書です。つまびらかすぎて書籍版は560ページとかなりのボリュームに...。本稿ではこの大ボリュームの中から、特に面白く感じた点をいくつか紹介します。(補足:腰痛持ちの私は質量0のキンドル版を購入しました)

データ分析とコミュニケーション・デザインと効果検証

すべての「ソリューション」に対していえてしまうことかもしれませんが、Googleの人事に対するアプローチも

①データ分析
②課題解決・行動変容を促すための(コミュニケーションの)設計
③効果検証

の3つのステップで構成され、しかもそれが徹底しています。

Googleのピープル・オペレーションズにはアナリティクスグループがあり、すべての人事データを統合・分析し、現状を把握しています。そこから発見された課題を解決するため、対象の行動変容を促すような仕組みを検討し、実践します。多くの場合は、小規模なサンプルでテストし、成果が出れば正式に導入、という手順を踏みます。もちろん、導入後も効果検証は欠かしません。...つまり(その突き詰め具合さえいったん脇に置いておけば)普段の私たちの仕事と同じ!といえるのではないでしょうか。本書は人事領域に限らず、このような視点で見ても豊富な事例集となっています。


採用面接時には直感を信じてはいけない


例えば、採用面接。最初の極めて短い時間で対象者を採りたいかどうか、直感的に判断していませんか?(私は、大いに心当たりがあります...)

本書では、面接の結果は最初の10秒で下された判断から予測できる、という研究結果が紹介されています。逆に言えば、通常の面接では、最初の10秒でもたらされる印象以上のことは分からないということです。マズイです。それではただの第一印象です。充分に対象者を評価できているとはいえません。さて、Googleではどうしているのでしょうか。

Googleが手がけたものではありませんが、面接対象者の職務能力をさまざまなテストがどれだけ判断できるかについての研究で、以下のようなスコアが出ているそうです。

非構造的面接(通常の面接) 14%
職務経験年数 3%
身元照会 7%
筆跡による能力解析 0.04%
ワークサンプルテスト 29%
一般認識能力テスト 26%
構造的面接 26%
誠実性評価 10%

通常の面接(非構造的面接)より精度が高い手法がいくつかあります。これらの評価手法は組み合わせることで予測精度が上がることも分かっているので、Googleでは 構造的面接×一般認識能力テスト×誠実性評価×リーダーシップ評価×ワークサンプルテスト のように、組み合わせて使用します。聞きなれない「構造的面接」ですが、これは、質問や手順が評価基準と共にあらかじめ決められた面接方法で、評価手法としては非常に優れているものの、運用に手間がかかります。そこでGoogleでは、各面接の条件に応じて質問事項が自動で設計・配信されるシステムを開発し、面接者がスムーズかつミスなく面接を行えるようにしました。

その一方で、いわゆるフェルミ推定的な難問奇問(「マンハッタンにガソリンスタンドがいくつあるか当ててください」といった類のもの)もかつては実施していたようですが、「訓練すれば改善できる個別のスキルが測れるくらいで、受験者の評価の役に立たない」とバッサリ。現在では見直しが図られています。


健康と富と幸福に導くナッジ


行動経済学に「ナッジ(nudge)」という概念があります。これは、「選択肢を排除せず、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択的アーキテクチャの要素」と定義されています。Googleでは「オプティマイズ・ユア・ライフ(毎日を最適化する)」と称して、このナッジを利用して、社員が健康と富をより高められるように社員の意思決定に介入しています。

Googleがカフェテリアで食事を無料提供していることは有名ですが、ここでも社員を健康にするためにさまざまなアプローチが試されています。

1)食べ物について好ましい選択をするような情報を提示する:健康に良いものに緑のラベル、悪いものに赤のラベルをそれぞれ貼る。
【結果】☓ 色分けすること自体は社員に好評だが、実際の消費量は変化しない。

2)選択肢を健康的なものに絞る:毎週月曜は肉を出さない「ミートレス・マンデー」に。
【結果】☓ あまり効果なし。その上、一部社員から肉という選択肢が減らされたことに対する抗議行動が起こる。

3)選択を制限することなく、環境の構造を微妙に変える(=ナッジ):カウンターの目につくところに健康的な菓子を置き、甘くて不健康な菓子は不透明な容器に入れ棚の下のほうに置く(中身がわかるようにラベルは貼っておく)。
【結果】◎ 7週間後、ニューヨークのオフィスの社員が食べたカロリーは310万キロカロリー(=ぜい肉401キロ分)減った。

行動変容を達成するにはやはり「ナッジ」が効果絶大なようです。こういった実験とオペレーションの変更は絶えず行われており、ダイエットに関していえば、著者は2年間に14キロも痩せたそうです...。もちろん、健康に関することだけでなく、「401k(確定拠出年金)の積立額をできるだけ大きくさせるようなナッジ」や、「新しく入った社員ができるだけ短期間で戦力になるような振る舞いを上司に促すナッジ」が導入されています。


「文化が戦略を食う」


Googleがピープル・オペレーションズにおいて、ここまで徹底してやり抜けるのはなぜでしょうか。本書では、Googleの文化を定義する3つの要素として「ミッション」「透明性」「発言権」があげられています。

「ミッション」はかの有名な「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」です。このミッションの元に、Googleのさまざまな事業や研究が行われています。

「透明性」に関してですが、Googleでは、新規採用されたソフトウェアエンジニアは出社日にほぼすべてのコードベースにアクセスできるそうです。また、イントラネットには、製品ロードマップから新規事業計画、社員とチームの四半期目標といったものが公開されています。「社員はわが社の最大の資産」というのなら、情報は共有するほどムダがなくなり、効率が上がるのだから、社員は優れた判断力を持っていると信頼し、あらゆる情報を共有するべきだ、という考え方です。

最後の「発言権」も「透明性」と同じく、社員が優秀だと信じるなら、彼らの意見を歓迎するべきだ、というわけです。

根幹にこういった企業文化があるからこそ、ピープル・オペレーションズにおいても、正しく現状を認識し、効果のある打ち手を考え出し、不具合があれば検討し直す、という当たり前のプロセスを、しかし徹底して行うことができているのではないでしょうか。

本書で「文化が戦略を食う」という格言が紹介されているのですが、優秀な頭脳集団でもあるGoogleでさえ、頭で考えただけの戦略がいくら正しかろうが、結局は共同体に染みついた文化には勝てない、ということだと私は理解しました。

本書には上記で紹介した内容以外に、ピープル・オペレーションズの主要な業務である「成果評価」や「モチベーション維持」についての取り組みなども、失敗例も含めふんだんに取り上げられていますが、それらすべてを生み出した根っこにある企業文化の在り方こそ、最も注目するべき点だと感じました。

ずっしり560ページのボリュームですが、ぜひ、その手に取ってみてください。


Posted: 2015年9月24日 20:30 | コメント(0)

今回は川島量生氏の「コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと」を取り上げさせていただきます。

川島量生氏は株式会社ドワンゴの代表取締役会長であり、株式会社ニワンゴでニコニコ動画の運営にも携わっています。また、先日設立された株式会社KADOKAWA・DOWANGOの代表取締役会長でもあるのですが、なぜか数年前からスタジオジブリでプロデューサー見習いをされています。本書はタイトルの通り、川上氏がそのスタジオジブリでの経験を元に「コンテンツとはなんなのか。クリエイターとはなにをやっている人たちなのか。」について考えたことが書かれています。

本書によると「コンテンツ」は「クリエイターの脳のなかのイメージを表現したもの」で、「コンテンツ」を媒介として「クリエイターは脳のなかのイメージをユーザーに伝えている」というのです。


客観的情報量と主観的情報量


その結論に至るまでの考察が本書なのですが、ひとつ重要なキーワードがあります。それが「情報量」です。この言葉はアニメーション制作の現場で「このカットは情報量が足らない」とか「情報量が多すぎるから減らしたほうがいい」といったようにとてもよく使われるそうです。アニメーションにおける「情報量」は端的にいうと「絵の細かさ」、もう少し具体的に言うと「線の数」を指しています。

本来、アニメーションが子どもに好まれるのは、実写と比べビジュアルが簡略化されていて「情報量」が少なくわかりやすくなっているからなのですが、ジブリ映画はアニメーションでも「情報量」が多いので、大人でも楽しめて、しかも一度見ただけではすべてを理解できないので、映画館にも何度も見に行くし、毎年のようにテレビで放送しても視聴率が下がらないと言われているそうです。しかし、「情報量」は多ければ多いほどいいのかというとそういうものでもなく、多すぎると難しくなってしまうというアンビバレントな側面もあります。

単純に「情報量」の多さで並べると

実写>線の多いアニメ>線の少ないアニメ

ということになるわけです。では、ジブリのアニメ映画は実写よりも表現として劣っているのか、受け取るイマジネーションが実写よりも乏しいのか、というともちろんそんなことはないですよね。

ここで本書では「情報量」には実は「客観的情報量」と「主観的情報量」の2つの種類があるのではないか?という仮説が登場します。「客観的情報量」とは「アニメの線の数からコンピューターの画素数まで客観的基準で測れる情報の量」のことで、「主観的情報量」とは「人間の脳が認識している情報の量」のことを指しています。先ほどの不等式はあくまで「客観的情報量」を基準にした場合で、「主観的情報量」に着目すればまた違った関係性が見えてくるのではないか、ということです。

実際に宮崎駿監督が描く絵はよく見ると目では見えないはずの部分まで1枚の絵に収まってしまっていることがあるそうです。


たとえば『ハウルの動く城』でハウルが町の上空を飛んでいるシーンがあります。町の全景とハウルの両方が一枚の絵に収まっている。
本当なら町の全景が入る代わりにハウルはほとんど見えないくらいに小さくなるか、ハウルが大きく見えるなら町の景色はほんの一部しか入らないはずだといいます。町の全景を見せたいし、ハウルも見せたい、そうするとウソをつくしかないのだといいます。
結果としては町の全景もハウルも両方がはっきりと描かれた絵ができるのです。


見せたいものを見せるために、実写では映らないような部分までを圧縮して1枚の絵にしてしまう。「主観的情報量」はアニメーションのほうが実写よりも多くなることがあると言えそうです。

この「客観的情報量」と「主観的情報量」という言葉を用いて、本書では「コンテンツ」を以下のように定義します。


小さな客観的情報量によって大きな主観的情報量を表現したもの


同時にこのような不等式に整理します。


・客観的情報量:現実>コンテンツ
・主観的情報量:現実<コンテンツ


答えは脳のなかにある


この「客観的情報量=現実」と「主観的情報量=コンテンツ」、という概念を理解するための例として、「似顔絵」が紹介されています。写実的な似顔絵(≒肖像画)はさておき、デフォルメが施され簡略化された似顔絵は知っている人のものであれば(もちろん、良く描けた似顔絵であれば)、ひと目で「誰それである」とわかるものですが、現実の本人の顔と並べてよくよく見比べてみると、似ていないものです。似ていると感じてしまうのに、実際には似ていない。妙な話ですね。

私は似顔絵が描けないので、代わりに有名なネット上のネタをご紹介します。さて、これはいったい誰でしょうか。

にしこり

ヒントは、テニスではありません。野球です。

正解は元ヤンキースの松井秀喜さんです。見えますか?「り」を耳に見立て、ちょうど顔の真ん中当たりを抜き出している、と言えば見えてきませんか。これも、実際に松井秀喜さんの顔がひらがな4文字なワケはないので、似ているのに、似ていない、と言えますね。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。


似顔絵や略画は、現実の人間や動物を模倣しているのではなく、脳のなかにいる人間や動物を模倣しているということです。
つまり、似顔絵や略画が似ていると思う人は、現実の人間や動物と比べているのではなく、自分の脳のなかにいる人間や動物と比べて似ていると思っているのです。


このことは同時に以下の重要なポイントを示唆しています。
①描かれているもののイメージがあらかじめ脳に植えつけられていることが必要。(知らない人の似顔絵はそもそも似ているかどうかも分かりません)
②現実の人間の顔と人の頭のなかにある人間の顔はどうやら大きく違う。脳は情報を圧縮し簡略化して格納している。(頭の中には知人の顔が思い浮かべられても、それを紙に描くことは難しいですよね)
③それぞれの人間の脳のなかのイメージは近しい。共通性がある。(ある似顔絵に対して、多くの人が「似ている」と感じることができます)

実際の顔を「現実」、似顔絵を「コンテンツ」に置き換えれば普遍性を持たせることができます。本書ではこのようにまとめられています。


世の中でクリエイティブとされている仕事の多くは、自分の脳の中にあるイメージをうまく見つけ出して、「こういうものだ!」と現実世界に差し出すことではないでしょうか。つまり、こういうことになります。
コンテンツとは脳の中のイメージの再現である
(中略)コンテンツのクリエイターとは、脳のなかにある「世界の特徴」を見つけ出して再現する人なのです。でも、脳のなかからそれらを見つけ出すのは、簡単なことではありません。それこそが創作の苦しみであり、苦しみのなかで脳内から発見した「世界の特徴」こそがコンテンツの真理であり神秘ではないか、(中略)そう思ったのです。
宮崎駿監督は引退会見で「アニメーションとは"世界のひみつ"をのぞき見ること」という言葉を残しています。「風や、人の動きや、いろんな表情、体の筋肉の動きなどに、世界のひみつが隠されている」とも語っています。(中略)クリエイターの使命とは"世界のひみつ"を見つけて再現することなのです。


コンテンツとはなんなのか。クリエイターとはなにをやっている人たちなのか。その秘密がみえてきたのではないでしょうか。

広告コミュニケーションも多くの場合、コンテンツをクリエイトすることになります。また、いわゆる「インサイト」ですが、これも脳のなかに隠された「人間に共通の想い」といえるのではないでしょうか。「インサイトは作るものではなく、見つけるものである」というやつです。「人間の脳のなかにある『世界の特徴』や『共通の想い』を見つけること」=「アイデアやインサイトの発見」と改めて定義しなおすと自分たちのやっていることがいったいなんなのかが明確になり、スッキリしますね。(簡単になるわけではありませんが)

本書ではその他にも、最新の機械学習であるディープラーニングという研究分野で行われていることがかなり人間の脳の働きに近いことができるようになり成果も出ている、という話や、コンテンツのパターンやオリジナリティについてなど、非常に興味深い内容となっています。ぜひ、手に取ってみてください。


Posted: 2015年4月17日 09:46 | コメント(0)

今回はインフォバーンCo-CEOの小林弘人氏と日経ビジネス・チーフ企画プロデューサーの柳瀬博一氏のふたりの編集者による「インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ」をご紹介します。

■何についての本なのか?

とても気になるタイトルの本書、いったい何についての本なのでしょうか? 本書はおふたりの対談形式でつづられており、話題はインターネット論、メディア論、マーケティング論、組織論、営業論、採用論、果てはスポーツ選手論、アイドル論、場末のスナック論まで境界線なく縦横無尽に行き来します。

本書の中でふれられている書籍の一部をあげると...
「フリー」(クリス・アンダーソン/NHK出版)
「シェア」(レイチェル・ボッツマン、ルー・ロジャース/NHK出版)
「パブリック」(ジェフ・ジャービス/NHK出版)
「MAKERS」(クリス・アンダーソン/NHK出版)
「ウェブはグループで進化する」(ポール・アダムス/日経BP社)
「友達の数は何人?」(ロビン・ダンパー/インターシフト)
「予想どおりに不合理」(ダン・アリエリー/早川書房)
「グロースハッカー」(ライアン・ホリデイ/日経BP社)
「リーン・スタートアップ」(エリック・リース/日経BP社)
「ゼロ・トゥ・ワン」(ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ/NHK出版)
「年収は『住むところ』で決まる」(エンリコ・モレッティ/プレジデント社)
「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」(デイヴィッド・ミーアマン・スコット、ブライアン・ハリガン/日経BP社)
などがあります。
果ては、星新一や筒井康隆のショートショートまで取り上げられており、その話題の幅広さがご理解いただけるかと思います。こちらの書評企画で取り上げたものもいくつかありますね。

本書は、これらの書籍を既に読まれた方であれば、それらの間のつながりを理解するための助けとなるでしょうし、読まれていない方も、本書を話題のハブとして、気になったテーマを深掘りしていく、という活用もできるかと思います。

本書が「結局、何についての本なのか?」に関して、あとがきではこのように書かれています。


誤解を恐れずに言えば、本書は、"編集者入門"だとわたしは思う。本書は、目の前を過ぎる事象から時代の「核」を掬い、近未来を語る二人の編集者による編集談義なのだ。
(中略)
二人の編集者は、"編集力"があらゆる分野のブレークスルーに貢献できると予感した。映画『スターウォーズ』でヨーダがいうところの「フォース」である。汝、編集力と共にあらんことを。(P.283)


文字通り、二人の編集者による対談形式の編集談義である本書は、二人の編集会議で行われているブレストを傍らで聞いているかのような感覚になります。刺激的でヒントに満ち満ちているのですが、一方で「これだ!」という結論めいたものはありません。しかし、それにも理由があるのです。本書では繰り返し、環境変化のスピードがとても速くなっていることにふれています。

ここのところウェブ上では「インフラ=プラットフォーム」の寿命のほうが「コンテンツ」の寿命より明らかに短い、というケースが増えている。ハードウェアを含めたテクノロジーの進化がすさまじくて、コンテンツが乗っかるプラットフォーム--具体的にはハードも流通システムも含めて--のほうが先に衰退しちゃったりする。一時、ウェブビジネスは、プラットフォームを押さえれば、お金がちゃりんちゃりん落ちてきて勝ち!なんて話もあったけど、もう違う。(P.55-56)


今はあらゆる情報の行き来が脳の思考速度に近づきつつあると思っている。
(中略)
少なくとも情報産業の変化の度合いは、脳の思考速度に限りなく近づいている。スマホのビジネスを見ていて、そう思うね。だからきっとこれからも、勝者というのはそんなに長くは生き残れないと思う。(中略)そこで「5カ年計画を出せ」とかはあり得ない。(P.206)




「予見すること」自体が間違っていると思う。
(中略)
これはフェイスブックのシェリル・サンドバーグも言っていたらしいけれど--「3カ月置きで軌道修正していく」のね。
(中略)
善し悪しはともかく、いま会社の戦略自体が5カ年なんて保てないからね。長編小説の時代は終わっている。散文から詩により近くなっていると思う。(P189-190)


そのようなスピード感の中で「目の前を過ぎる事象から時代の『核』を掬い、近未来を語る」ためには事象を無理矢理に型にはめ、切り取った「点」にして分かったつもりになるのではなく、世の中の流れから掬いあげたたくさんの「点」と「点」を編集力によってつなぎ合わせ続け、未来に向けた「線」として描き続けなくてはならないのではないでしょうか。その試みが本書であると感じました。

■「インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ」とは?

よもやま話的ともいえる本書、ゆえに非常に要約しづらいのですが、タイトルにもなっていて、本書の端々でも言及される概念である「インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃった」とはいったいどういうことなのか、についてふれさせていただきます。

わたしは、2つの視点があると感じました。

① わたしたちは原始人と変わらなかった

ひとつ目は「結局わたしたちは原始人と変わらなかった」ということ。それこそ「オープン・フラット・ネットワークなインターネット時代が来ることで、我々は新人類となるのだ!」という勢いで理想の近未来がここ数年の間、語られてきましたが、実際にSNSなどが普及してみると、文化や社会や人々のマインドといったソフトウエアの部分はさておき、人間の脳機能や身体機能といったハードウエアは原始時代となんら変わらない、という当たり前のことにぼつぼつ皆が気が付きだした、ということです。
人間の脳が把握できるのが150人程度の規模で、原始時代にも村落がこのサイズを越えると2つに分裂していたそうですが、SNS時代のコミュニティーも数字の上ではたくさんの人とつながっていても、結局機能してちゃんとした交流を持てるのはその中の一部(なんとなく、150人程度だったりしませんか?)というのは皆さんも実感されているのではないでしょうか。 このことはビッグデータなどの「サイエンス」を活用できるようになっても、人間の本能に働きかけ、気持ちを動かし、行動を起こさせるためには「アート」は変わらず重要であり続ける、ということでもあります。

② わたしたちは原始人にならなくてはならない

ふたつ目は「わたしたちは知的で野蛮な新時代の原始人(本書では「スマホを持った原始人」あるいは「ハイテク・バーバリアン」と呼ばれています)にならねばならない」ということ。いままでは大きな組織をつくり分業することが効率化に繋がっていたのですが、環境が大きく変化したことで、大きさゆえのスピード感のなさなどが不利になる状況が出てきました。そこをブレークスルーするためには、型にはまらないワイルドな知性で「20世紀型フレームワーク」を破壊する蛮勇が求められている、ということです。
本書で紹介されているエピソードに「大企業が大々的に新製品の発売を発表したが、実はそれ以前からクラウドファンディングサイト上で同じような構想を発表していた数人の若者がいて、彼らはたった数カ月で資金を集め、ラピッド・プロトタイピングを活用しながら開発・発表をスピーディに繰り返すことで、機能面でも大企業のものを上回り、多くの先行予約を獲得してしまった」というものがあります。まさしく20世紀型文明人が21世紀型原始人の旧来のやり方に囚われない新しい戦い方にしてやられてしまった例、といえるでしょう。

わたしは(「自分は既に21世紀型原始人である」という方もいらっしゃるでしょうから、あえて「わたし」とさせていただきます)20世紀型文明人として滅ぼされてしまうのではなく、うまく21世紀型原始人に進化することができるのでしょうか?個人的には本書の以下の箇所に希望を見いだすことができました。


今まで分業で済んでいたものが、もう「全部を見られない」とダメ。
(中略)
「スペシャリストとしての得意技」を1つか2つ持っていながら、「営業」や「プロデューサー」や「広告屋」的な能力も持ってないと仕事にならない(P.111-112)


みなさんそれぞれ立場や状況、思いは異なるとは思いますが、わたしと同じように「自分はまだ20世紀型文明人かもしれない...」と感じられた方は、21世紀型原始人となるための何らかのヒントを、ぜひ本書で見つけていただければと思います。


Posted: 2015年2月12日 16:54 | コメント(0)

今回取り上げさせていただくのは、小霜オフィス、no problem LLC .代表、コピーライター/クリエーティブディレクター/クリエーティブコンサルタントの小霜和也氏(http://koshimo.com/)による『ここらで広告コピーの本当の話をします。』です。

今までの広告コピーの話はウソ?


「本当の話をします」ということは、今までの広告コピーの話はウソ、ということなのでしょうか?

実は、私は数年前、著者の小霜氏がno problem LLC.にて米村浩氏と共にCSRの一環として実施している「ノープロブレム無料広告学校」に1年間通い、そこで毎週、無料講義だけでなく、タダ飯までご馳走になるという、大変恵まれた時間を過ごさせていただきました。(※)

※無料広告学校の詳細は http://noproblem.co.jp の「school」をご参照ください。過去の講義録もダウンロードできます。現在は米村氏はno problem LLC.を離れられていますが、今後もお二人一緒に「無料広告学校」は継続していくとのことですので、迷える広告業界関連の若者はぜひ応募されることをお勧めします。募集は毎年4月頃予定です。


no problem LLCのサイトの「ノープロブレム無料広告学校」の説明では実践的な広告クリエイティブ理論・手法の基礎は

■広告コミュニケーションの基本的ストラテジーの構築力
■そのロジックからどれだけ飛べるかという表現の飛躍力

この2つのスキルからなり、それを、広告業界を目指す学生や業界に入ったばかりの若い人たちに身につけてもらいたい、と書かれています。

本書もメインターゲットを「若手コピーライターまたはコピーライター志望者」に据えており、狙いも同じく「実践的な広告クリエイティブ理論・手法を身につけてもらう」だと言えるでしょう。(物事の本質にもしっかり触れていますので、広告業界に関係なくとも、社会で人と関わりながらす暮らす方なら誰が読んでも役に立つ本です)

私は「ノープロブレム無料広告学校」に応募する前から、小霜氏がご自身のウェブサイトに書かれていた広告やコピーに関するテキストが更新されるのを心待ちにしていた「小霜おっかけ」でした(今はサイトリニューアルしたため、以前のものは見られなくなっています)。きっかけは、私がまだ入社間もないときに見た「とある広告賞の大賞に審査委員のひとりでもあった氏が寄せていたコメント」にたまげたからです。
大賞を受賞したのは、私も一生活者として「すごくおもしろいなー」と感じていた広告キャンペーンだったのですが、他の審査委員の方々が褒めそやす中「でも、このキャンペーン、商品が売れなかったよね?じゃあ、ダメなんじゃないの?」といった意味合いのガチンコのコメントをされていたのが小霜氏でした(実際のコメントは、もっと鋭い、一撃必殺の意見表明でした)。受賞によせるコメントとしては全く空気を読んでいない。摩擦が生じる。ヒヤヒヤする。でも、圧倒的に正しい。それ以来、勝手に私の心の師匠にしているのです。

その後、ウェブサイトに書かれたテキストを拝読し、ついには直接お教えを請うにまで至ったわけですが(それらが私の身についたかはさておき)、常に本当のこと、本質的なこと、実践的なことを語ろうとする氏のスタンスは一貫して変わりません。もちろん、本書にも「広告コピーの本当の話=実践的で、本質的な広告コピーに関する話」が書かれています。

本書における最もエッセンスが濃縮されたくだり、広告コピーに関して世の中が誤認しがちな点を分かりやすくひもといたのが「広告コピーの評価は2つの視点で」(P53-55)です。

いわく、広告コピーの評価は

■そのコピーがモノとヒトとの関係を創造あるいは改善しているか。
■その役割を達成するための言葉としての力があり、ターゲットの心に刺さったり揺さぶったりする表現になっているか。

上記2つの視点で見る必要がある、と。(この2つは「定義付け」に特化したコピー「タグライン」と、ターゲットの関心を「つかむ」キャッチコピーの合わせ技で達成されていればOK)

これは前述の「実践的な広告クリエイティブ理論・手法の基礎の基礎」とも対応しています。日常生活の端々で目にする広告コピーにこの評価軸を持ちこむと、途端に視界がクリアになるので、ぜひ試してみて下さい。

さて、問題です。(全7問)
私が線と付箋まみれにしてしまった本書、悩みに悩みつつ、言葉を端的に定義したり、本質を喝破したりしている箇所を7個、ピックアップいたします。まず、問いの形式で投げかけますので、答えを考えてみて下さい。

Q1.コピーライターとは何をする人なのか?

Q2.そもそも広告の役割とは?

Q3.広告コピーとは?

Q4.広告コピーを考えるときに、まず何からはじめるべき?

Q5.ブランドとは?

Q6.テレビCMの役割は?

Q7.最も重要なメディアは?


回答は浮かびましたか?以下が、本書における正解です。

A1.(商品をいじらずに)言葉を使って商品の価値を上げる人

A2.モノとヒトとの新しい関係を創ること

A3.価値が最大化されるように商品を「定義付け」するもの(「定義付け」に特化したコピーを「タグライン」と呼ぶ/広告コピーと言えばキャッチフレーズのこと、と思っているなら、それは誤り)

A4.競合を調べる(担当商品のことを調べるよりも先に!)

A5.気持ちいい記憶

A6.「商品の疑似体験」をさせること

A7.店頭


いかがでしょう?
皆さんも当たらずとも遠からず、な答えなら思い浮かぶかもしれません。しかし、ここまで端的に本質を言い切ることができたでしょうか?ひとつでも「おっ」と思うものがあったなら、ぜひ、本書で詳しい説明にあたってみてください。

コピー1本で100万円請求するには


本書の帯には「コピー1本で100万円を請求するための教科書。」というキャッチコピーが書かれています。「実践的である」ということは、ビジネスとしてきちんとお金をいただける、ということでもあります。さて、広告コピーを書くことによって得られる対価は、何に対する報酬なのでしょうか。そのことに触れた箇所を以下に引用します。


「年収いくらだったら、フリーランスのコピーライターとして成功したと言えるだろうか?」とアンケートを採ったら、600万円とか700万円とか、300万円などと言うのです。
(中略)
コピーライティングって、そんなに価値の低い仕事と思われているんですか?
(中略)
彼らの半分は、コピーを書くことの報酬を手間賃のように考えています。誰かから指示されたとおりに作業して、「これでいいですか? じゃあ作業料ください」と。そしてあとの半分は、コピーの報酬を旦那衆からのご褒美と考えています。「おれには書きたいことがある! それが気に入ったらお駄賃ください」と。どちらも間違いです。
(中略)
 "価値が上がるように伝える"のが仕事なのです。"価値が上がる"ことをやるから、それに応じた報酬がいただけるのです。(P3-6)

発明家のエジソンはこんな言葉を残しているそうです。「人間は、考えるという真の労働を避けるためなら何でもする」。僕らがお金をもらえる根拠はここにあります。(中略)
僕らは「真に大事な本質は何か」とモヤモヤしている発注主のためにスッキリとした課題解決を提示してあげなければいけません。これはある種の汚れ仕事です。考えれば考えるほどわからなくなって、精神的に追い詰められることもあります。
(中略)
まさに人生を削っているんですよ。
(中略)
誰よりも、発注主よりも、うんと、うんと、考え抜き、最高の答えを出し、そして堂々と正当な対価を請求すればいいんです。(P218-219)


なぜ、広告コピーを書くことで、報酬を得ることができるのか。

■単純に「伝える」のではなく「価値が上がるように伝える」から(=上がった分の価値が、広告コピーの生み出した価値)
■発注主のために最高の答えを出すには、人生を削るほど考え抜く必要があるから(=ものすごく大変だから)

この2点が本書であげられている理由です。人生を削るほど考え抜く...。そ、そんなツラい仕事なのか...。と思わず尻込みしてしまいますが、もちろん大変なだけでなく、素晴らしい側面もあるわけです。そのことに触れた箇所を以下に引用します。


報酬とは、どれだけ多くの人を、どれだけ喜ばせたか、その総量と比例するというのです。
(中略)
コピーライターが、モノとヒトとの関係を創造したり改善したりすることで、たくさんの人たちを喜ばせることができれば、それに応じた報酬を得るのは自然なこと。
(中略)
「がめつく稼げ」と言いたかったわけではありません。これからコピーライターを目指す人、コピーライターになったばかりの人が、どうもコピーの価値を過小評価して、言葉遊び程度に捕えている傾向が気になったのです。自分のコピーで、「日本経済を活性化させるんだ、社会をもっと住みやすくするんだ」、そのぐらいの魂を持っていてほしいものです。そのためには、最初に、上司であるCDを喜ばせましょう。同僚のデザイナーを、広告会社の営業さんを、チームの仲間を、喜ばせることから始めましょう。(P257-258)


苦しみ抜いて、最高の答えを出せたとき。発注主が喜び、チームが喜ぶことはもちろん、その答えが社会をより良くし、世の中の人に喜んでもらうことだってできるのです。


私たちは幸いにして、世の中に対して、そのような提案をさせていただける事業領域に携わっています。最高の答えを考え抜き、多くの人を大きく喜ばせ(そして報酬を頂戴し)ようではありませんか。そのための具体的な実践方法は、今回本書をご紹介するにあたってあえて詳細は書かなかった「第二章 コピーを『考える』」「第四章 コピーを書く『姿勢』」にヒント、と言いますか、ほぼ正解、本当の話が書かれていますので、ぜひ手に取ってみて下さい。


Posted: 2014年11月27日 12:42 | コメント(0)

今回は、戦略PRの第一人者でブルーカレント・ジャパン代表取締役の本田哲也氏と、多種多様なメディアに関わり、現在はLINE株式会社上級執行役員法人ビジネス担当を務める「メディア野郎」こと田端信太郎氏の共著『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』を取り上げさせていただきます。


タイトルに釣られました

広告やメディアやマーケティングに携わる人間にとって、非常に挑発的なタイトルです。私も、まんまと手に取ってしまいました。いやいや、そんな乱暴な言い草はないだろう、と憤慨しながら読み進めていくと、最終的には「本書の書名をより正確に言い換えると〜」というくだりで以下のように言い直されます。


(これまでのように)広告やメディア(だけ)で(たくさんの)人を動かそうとするのはもうあきらめなさい。


なるほど、そういうことであれば、同意するのもやぶさかではない。(偉そう)

「これまでだって(ただ無為に)広告やメディアだけ使えばたくさんの人に動いてもらえるなんて(簡単な)もんじゃなかったですよ!」と言いたい気持ちをぐっと飲み込み(書いてますが)、確かに、メディアが多様化し、情報が氾濫している今の世の中は、そっちを向いているのは間違いありません。

それでは、これから、ただ無為に、広告やメディアだけを使うのではなく、たくさんの人を動かすためには、いったいどうすればいいのでしょうか?

クロスメディアで多角的、多重的にメッセージをリーチさせる?
ソーシャルメディアでバズを起こす?
そうか!今流行りの「☓☓☓☓マーケティング」を導入すればいいのか!
いえ、田端氏による「まえがき」には


マーケティングにおける「不易流行」。特に「不易」を意識しつつ本書を読んでいただき、表面的テクニックやトレンドとは別の本質を感じ取ってほしいと思う。


とあります。マーケティングにおける「流行」は無意味ではないが、それよりも大切な「本質」がある、というのです。本書が語る「マーケティングの本質」とはいったい何なのでしょうか。


マーケティングとメディアについてのリアルな現状認識、主導権は受け手に移りつつあり、事前にすべてはコントロールできない

田端氏の執筆するPART1「『たくさんの人に見てもらえるほどよい』は本当か?」では、マーケティングとメディアについての現状認識に関して重要な2つの指摘があります。


・情報爆発時代において主導権を持つのは「受け手」
・演説ではなく会話を。事前にすべてをコントロールしようとする発想をあきらめる


HDDレコーダーによるテレビ番組のタイムシフト試聴や、ウェブに転載された新聞や雑誌の記事は、これまで情報の発信者(=広告やメディア)にあった「編集権」や「編成権」を受け手に移行させました。テクノロジーは、ユーザーにとって便利で使い勝手がいい方向に進化していくので、この流れは止められません。今まで広告やメディアが持っていた強い力が相対的に弱まる中、訴えたいことを聞いてもらうには、一方的な「演説」(=マス広告やSEMなど)だけではなく、個人と個人が向き合った「会話」(=ソーシャル拡散やPR、SEOやコンテンツマーケティングなど)が重要になっていくのも、必然的な流れといえます。

田端氏が企業のマーケティング・コミュニケーションを「選挙活動」に例えて説明した箇所は、非常にイメージしやすく分かりやすいので、ぜひ本書でご確認ください。


それでも人を動かすためには?

本田氏の執筆するPART3「『人を動かす』ことをあきらめない」では、人を動かすことの「原点」について考察し、その3つの要素として心技体があげられています。


「心」=人の気持ち、感情、本音(インサイト)
「技」=メディアやコンテンツの戦略と戦術
「体」=体感、体験


この中で特に「不易」であるといえるのは、「心」という要素です。人を動かすには正しいインサイト(本音)を捉え、人が動く閾値ともいえる「ココロの沸点」を発見することがポイントであると本田氏は述べていますが、いつの時代でも人間の本質的な感情や欲求、心の動きは、社会や文化の影響を受けるにしても、そんなに大きくは変わらないからです。
本書では心の要素の例として、以下のようなものをあげています。「虚栄心」「横並び心」「使命感」「連帯感」「同情心」「共犯意識」「お祭り心」「スケベ心」「信仰心」「コミュニケーション欲求」などなど。どれも皆さんが、そして時代を超えてすべての人間が持つものではないでしょうか。私自身を振り返ってみても、何か行動を起こしたときには、これら心の要素の影響に思い至ります。(だいたい「見栄」であったり「嫉妬」であったり「恥」であったりと、しょうもないものであることが多いのですが)

そして、「人を動かす戦略立案」の具体的な手順として「5つのステップ」が紹介されています。


[ステップ0]まず、「目的」を必ず明確にする
[ステップ1]「ターゲットインサイト」を洗いざらい出してみる
[ステップ2]「目的」と「インサイト」をお見合いさせる
[ステップ3]「ココロの沸点」を起こすために何を伝えるか決定する
[ステップ4]「ココロの沸点」体験となるコンテンツを用意する
[ステップ5]「お金のかからない順に」伝える施策を決めていく


この中で「マーケティングにおいて不易かどうか」という視点から重要なポイントは、[ステップ2]から[ステップ3]にかけてではないでしょうか。ここから生まれるのが、マーケティング・コミュニケーションにおいて「コアアイデア」と呼ばれるものだからです。また、意外とおざなりになりがちなのが[ステップ0]ではないでしょうか。本書では「目的を明確に」というと『具体的にどれくらいの人数に、具体的にどのような行動をとってもらうのか』というレベルまでクリアにすることを指しています。ここが「できるだけたくさんのターゲットに...」「うまくいけば購買行動まで...」と、曖昧なスケベ心をはらんだまま進んでしまうことが多くありませんか?目的がぼんやりしたままだと「目的を達することができるインサイトなのか?」「そのインサイトを突き、ココロの沸点を起こせるコミュニケーション・プランなのか?」という先のステップもぼんやりしたものになってしまいます。

人を動かすための戦略立案は、その目的に合ったテーラーメードでなければならず、つまり、カラダのサイズ(=目的)を具体的に把握していなければ、フィットするものはつくれない、ということです。


1000人から10億人まで、動かしたいスケールごとに具体的にイメージを持つ

おふたりの対談となるPART2「なぜ、人は『動く』のか?―1000人から10億人まで、スケールごとに考える」は、非常にユニークで、1000人の場合、1万人の場合、10万人の場合、100万人の場合、1000万人の場合、1億人の場合、10億人の場合と、それぞれのスケールごとに事例を紹介しています。

対象となる数字が、ボランティアの参加人数だったり、有料メルマガの購読者数だったり、ミュージカルの総観客動員数だったり、宗教の信者の数だったりと、純粋に人の規模として比較するにはその意味合いが統一されていない、という難点はありますが、人が動くさまをざっくりと俯瞰で捉えるという意味では問題ありませんし、このような「動かされた人数の規模別に分類、考察してみる」という試みは、今までになかった発明といえるのではないでしょうか。「目的を明確に」するにあたって、ぜひイメージとして持っておきたい内容です。


さいごに

私は本書の要点(「これから、広告やメディアだけを使うのではでなく、たくさんの人を動かすためには」どうするべきか?)は、以下の3点に集約されると感じました。あらためて書き出します。

①マーケティングとメディアについてのリアルな現状認識を持つこと(主導権は受け手にあり、事前にコントロールはできない)
②マーケティングの目的は、動かしたい人の規模、どういう行動をとってもらいたいかまで、具体的・明確に設定すること
③目的を達成するための「ココロの沸点を起こす」インサイトを見つけること

私が力いっぱい釣られることとなりました本書のタイトルですが、本稿の冒頭で引用しました補足の他に、もうひとつ解釈に関する仕掛けが施されています。それが何かについては、ぜひ、本書を手にとって、実際に目を通してみてください。


Posted: 2014年9月19日 09:15 | コメント(0)

一杯のかけそばを「シェア」してみる

Book reviewer: 白石 正信 / Masanobu Shiraishi

今回取り上げるのは『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』(PHP新書)です。

著者の小林弘人氏は1994年に「ワイアード・ジャパン」を立ち上げ、インターネット黎明期からその文化を広めてきた方で、本書でも、ネット草創期から現在までの変遷・潮流をたどりつつ、「ウェブ的」なものがリアルの世界とクロスオーバーしていくさまを各種の事例を交え紹介していきます。

ハイテクと人間性、所有と共有、希望と畏れ、ネット社会とリアル社会。さまざまな価値観が行き交う交差点の中心で、インターネットとは誰のためにあるのか、そしてこれからどこに行くのかを考えるべく、本書は書かれた。(「はじめに」より)

「ウェブとはすなわち現実世界の未来図である」とはいったいどういうことなのでしょうか。本書ではさまざまな角度からこのコンセプトに触れられていますが、私は端的に2つの点に集約できるのではないかと感じました。

ひとつめは「ウェブが実験場・プロトタイピングの場となり、そこからアイデアが生まれ、現実世界にもサービスやプロダクトとして出現している」ということ。

もうひとつは「ウェブ的な思考・思想に感化されたわれわれ自身が、現実世界でもウェブ的に考え、ふるまうように変化している」ということ。

上記2点によって、ウェブ的な概念とされる「オープン」と「シェア」が現実世界に浸透しつつあるのです。

この2つの概念は、インターネット成立時から必然的にインターネットに織り込まれています。その理由がわかる箇所を本書より引用します。


「電子メールはあちこちのサーバを経由して届く」というと驚く人がいる。もともと相互乗り入れのインフラであるインターネットは、どこか特定の企業や団体が回線を占有しているわけではなく、世界中のハードウェアやサーバを通過している。だから、メールに関してもメールサーバを経由してあなたのもとに届く仕組みになっている。しかしそれぞれのサーバは利用料を徴収しているわけではなく、あくまで中継地点として開放されている。インターネットはみんなが自分たちのもっているインフラをオープンにすることで成立しているのだ。(「第2章」より)


本書では、ウェブから生まれたさまざまなサービスやプロダクトの中から、この「オープン」と「シェア」という概念が深く関わっているものが紹介されています。その一部を以下に抜粋します。


・ソーシャルグラフを外部に公開することで後発ながらSNSのデファクトスタンダードになった「フェイスブック」
・「オープン・ジャーナリズム」という概念を提唱し、人間と人間が接続された時代のニュース報道の在り方を模索しているイギリスの「ガーディアン」
・配信されるニュースを採点することで自分にあうように進化させられる英語圏ニュースリーダー「マイシックスセンス」
・仮想通貨「感謝の星」によって知らない者同士のギブ・アンド・テイクを推し進めるエストニアの「幸福銀行」
・一部技術の特許が切れ、オープン化され、さらに開発者コミュニティがオープンソースで開発を進めることで低廉な価格設定が可能となった「3Dプリンタ」
・空いている部屋をゲストに宿泊施設として貸し出すシェアサービス「エアビーアンドビー」
・ネットを使って個人同士が資金の貸し借りをするソーシャルレンディングのイギリス「ゾーパ」


また、根底に「オープン」と「シェア」のマインドがあるウェブや、ウェブから生まれた上記のようなサービスに親しむことで、もうひとつのポイントとして挙げたように、「われわれ自身が現実世界でもウェブ的に考え、ふるまうように変化」しつつあるように思えます。

例えば、本書でも紹介されているように、日本ではカーシェアは流行らないといわれていたのに、国内最大手のカーシェアリングサービス「タイムズカープラス」の会員数がこの1年で倍増したり、(今までは権利関係に厳しいと思われていた)官公庁のキャラクターなのに県の許諾を受ければ、県産品でのPRやパッケージなどに使用できるオープンソース的キャラクター「くまモン」が生まれたりしているのがその証左といえるのではないでしょうか。

身近なところでも、料理店でそれぞれが食べる分のほかに、皆で分けるものを別に頼むとき、以前は普通に「◯◯頼んで分けようか」などと言っていたように思うのですが、最近は「◯◯をシェアしようか」という言い方をよく耳にするようになりました(自らは気恥ずかしさがあり、口にすることができませんが...)。

この2つの言葉は結果的には同じ行為を指しているのですが、ニュアンスが微妙に異なるように感じています。なんとなく、ではありますが「分けようか」の場合は既にその皿における各自の取り分・縄張りのようなものが決まっていて、「シェアしようか」の場合はその皿を境界線なく「みんなのもの」として頼む感じ。

例えば、一世を風靡した「一杯のかけそば」を「親子で一杯のかけそばを分け合う話」ではなく「親子で一杯のかけそばをシェアする話」という言い方にすると途端に「貧しくも慎ましやかで気づかい合う家族の話」から「ちょっと気の利いたライフハックを紹介するためのポジティブな小話」のように聞こえてきませんか?

私は、「シェア」という言葉が使われるようになったことで、分け合う行為が、少し明るく前向きでハッピーなものに変化しつつあるように思うのです。

私自身はそのカラッとした前向きさをなんだかむずがゆく居心地悪く感じてしまうような、割とジメッとしたネガティブ人間なのですが、世の中で使われる言葉が変わることで、その行為に対する社会の認識も変わるという事実は否定できないので、ウェブ発信の「シェアする」という言葉がこれからも広がっていけば、きっと現実世界は今までよりも「分け合う行為」を明るく前向きでハッピーなものと捉えるように変化していくのだと思います。やったね。

「ウェブとはすなわち現実世界の未来図である」とは、社会の前面で目立つ具体的なサービスやプロダクトの話だけではなく、人々の思想や思考やふるまいにも関わってくることです。個々人は気付こうと気付くまいと、ボディーブローのようにジワジワと社会の有り様を根幹から変えつつあるのは実は後者なのではないでしょうか。

本書の最終章では「常識の通じない時代を生き抜く『7つの視座』」として、現実世界の変化にただ流されるのではなく、自ら「ウェブ的思考」を積極的に現実世界に持ち込むための心得が書かれています。

それら7つの視座の見出しをご紹介して、本稿を終えたいと思います。


New Rules:1
失敗しよう。失敗を許そう

New Rules:2
新しい「希少」を探せ

New Rules:3
違うもの同士をくっつけろ

New Rules:4
検索できないものをみつけよう

New Rules:5
素敵に周りの人の力を借りよう

New Rules:6
アイデアはバージョンアップさせよう

New Rules:7
ウェブのリアリティを獲得しよう


追記)せっかくこのような内容の本でしたので、私も本書を皆さまとシェアしたく思うのですが、Kindle本で購入したため、お貸しすることができません!ごめんなさい!リアルな物質である紙の本の方がシェアしやすい、というのもまた妙でおもしろい話ですね。ということで、ぜひ手にとってみてください。


Posted: 2014年7月 2日 20:21 | コメント(0)

「理論を超えた実践」とは?

Book reviewer: 白石 正信 / Masanobu Shiraishi

はじめまして。DMCラボ書評四番手、白石正信と申します。大阪でクリエーティブ、京都で営業、東京で営業、流浪の13年目になりました。人生はやや難破気味ですが、次々と新しい波が沸き起こるマーケティング・コミュニケーションの海で、流されるままになることのないよう、皆さんと一緒にこれからの広告を考え、航路をとって進んでいきたく思います。

と、言いながら、今回ご紹介する石井淳蔵著『寄り添う力』(碩学舎ビジネス双書)はこの連載で今まで紹介してきたような「最先端のマーケティング理論やプランニング方法論、クリエーティブ論」に関するものではありません。著者が2〜3年にわたって書いてきたエッセイが元になっており、サブタイトルに「プラグマティズム」とあるように、ベースに「理論を超えた実践優位」の視点があります。

「実践は、現実の壁を乗り越え、理論を克服する」というのは、(中略)プラグマティズムの大事な主張点であり、本書が伝えたい一番のメッセージです。(P286)

ですので、今回は少し頭の中の「理論」は置いておいて、本書によって私たち現場の人間にとって大切な「実践」という足元を見直してみたいと思います。

さて、本書において「理論を超えた実践」を行うために必要なものとして示されるのが、タイトルにもなっている「寄り添う力」です。「臨床(=現場)で創造的観察を行い、そこからインサイトを得る力」のことを著者は「寄り添う力」と呼んでいます。

本書でその事例として紹介されているのが、医薬品会社エーザイです。エーザイでは、定款に「患者様と喜怒哀楽を共にする」とあり、社員は仕事に費やす時間の1%を患者に寄り添うことに充てています。仕事・業務の一環として、患者と過ごし、患者がなにに喜び、なにに怒り、なにを哀しみ、なにを楽しく思うのかを、感じ取ることを課題にしているのです。そのように患者の生活に寄り添うことで、製品開発において新たな視点が生まれるのですが、エーザイでは、この取り組みを具体的な業務の中に落とし込み、500を超えるテーマを持つプロジェクトとして組織で共有しています。

私たちもある商品やサービスに関する生活者のインサイトを探る、ということが仕事の大きな部分を占めており、そういう意味では「寄り添う力」は必須の能力といえます。一方でそこで得られた知見(もちろん、守秘義務にかかる話でなく、もっとベーシックな社会や時代、人間に共通したものに限りますが)が組織で共有されているかというと、まだまだ不十分であり、できることはありそうな気がします。

例えば、私たちのラボでは定期的に集まり情報交換を行っていますが、普段の業務とはまったく別の軸によって集まった人たちから、それぞれが現場で対象(クライアント、生活者、メディアなど)に寄り添うことで得られたナマの声を聞くことが何よりの刺激になりますし、そこから新しいプロジェクトが生まれることもあります。このような取り組みはラボに限らず、他のさまざまな形態でも実施されているかと思いますが、まだまだ広げていく余地はあるのではないでしょうか。

また、本書では「(対象に)寄り添う」ことから更に踏み込んだ段階である「(対象への)棲み込み」についても言及しています。

この方法は「人には、それとはわからない(暗黙の)知る力が潜んでいる」と言ったマイケル・ポランニーが提唱したものです。彼は人間が他人の顔を認識する仕組みから「近位項」と「遠隔項」という概念を思いつきます。

人は、人の顔を認識するとき、各部分(近位項)の特徴を手がかりとして、全体(遠隔項)をそれぞれとして認識します。顔の各部分を無視して、全体としての顔を認識できるわけではありません。しかし、ひとたび遠隔項であるその顔全体をそれとして認識したとき(その人と別の人の顔を見分けることができるようになったとき)、近位項である各部分の特徴についての認識は危うくなります。(P139)

この話、教科書的古典『アイデアのつくり方』(ジェームス・W・ヤング)でうたわれているアイデアを得るためのプロセスと非常によく似ていると感じました。本書の中でも続けて以下のように述べられています。

私たちは、認識のプロセスがわからなくとも、認識することができるのです。これがポランニーの言う「暗黙の裡に知ってしまう知の働き」です。
マックス・プランクが量子論を、アルベルト・アインシュタインが相対性理論を確信したのは、その確信を担保する証拠が山のようにあったからではありません。また、ヤマト運輸の小倉昌男社長(当時)が宅配便のビジネスモデルに思い至ったのも、ニューヨーク、マンハッタンの四つ辻でUPSのクルマが4台駐車しているのを見て、天啓のように閃いたのです。その閃きが、実現可能かどうかについての分析や計算は、その後行われることになります。逆ではありません。つまり、分析を積み重ねてビジネスモデルが作成されたわけではないのです。(P139-140)

分析を重ねてもたどり着くことができず、プロセスが分からないとすると「暗黙の知の働き」=「アイデアの閃き」を意識的に得ることはできないのでしょうか。そこで、ポランニーが強調するのが「対象に棲み込む」という方法です。眼前にある手がかり(=近位項)から、意味ある全体(=遠隔項)への回路を開くには、その対象に棲み込むことが肝要だ、というのです。前述の「寄り添う」が対象を観察することだとすると、「棲み込む」はさらに一段階進んで、対象になりきる、ということのようです。対象が人だとすると、その気持ちになりきる。対象が理論だとすると、その理論を使いこなし、可能性をあれこれと探ってみる。著者は「まず『寄り添い』の行為があり、それを通じて、相手と深い交流が生じて、一体化するような段階が『棲み込み』」である、と定義しています。

現場に寄り添うことでインサイトを得て、対象に棲み込むことでアイデアを得る。これらが本書が提唱する「理論を超えた実践」のひとつの形です。皆さんも日々の業務の中で当たり前のように行っていることかと思いますが、個人的に、本書で改めて言語化されることで、より強く意識し直し、足元のスタンスを見直すことができました。


Posted: 2014年4月24日 21:14 | コメント(0)