むらさき

イジワルな人と便利な言葉から逃げよう

イジワルな人やイジワルな言葉にぶつかると、僕は一冊の本を思い出す。仲畑貴志さんが書いた『コピーライターの実際』(KKベストセラーズ)



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1990年初版発行の本だけど、2014年に読んでも全然古びていない。むしろ"時代をこえても不変のこと"が浮き彫りになっているように思う。


仲畑さんは30年以上広告業界の第一線で活躍されている。代表作はTCCのホームページやWikipediaでも見られるが、こちらのサイトがビジュアル付きで分かりやすいかも。僕はJR九州のコピー


「愛とか、勇気とか、見えないものも乗せている。」


好きだ。



さて、イジワルな話にもどる。



<コピーライターの実際・P167>

 仲畑広告制作所のたったひとつの社訓は「意地悪とズルはやめよう」です。人間どうし、イジワルとズルがなければ、きっと、なんとかいっしょにやっていけるよ、というわけです。


この一文を読んで以来、「意地悪な人センサー」と「ズルい人センサー」が僕の身についた。イジワルな言動に触れると、自分の言動も少しずつイジワルになっていくような恐怖感がある。



同じページに "固定概念" や "役に立たない嘘" についても記されている。これも時代をこえて不変だと思ったので引用する。




 僕たちの年齢になるまでいろんな価値観を植えつけられて、ものを考えたりしてるでしょ。そのなかに、便利ではあるけれども役に立たない定型っていうのがいっぱい入っているんだ。たとえば、よくいうことですが、「田舎の人は素朴だ」というようなキャプション、アチコチに書いてありそうでしょう。これは嘘だ。


 田舎の人は素朴だとはかぎらない。都会でも素朴な人もいるし、田舎の人でチャッカリ上手な人もいる。(略)だけど、わりともちやすい言葉なもんで、ついみんな使ってしまうのです。



今は、1990年よりも何十倍、定型文に陥りやすい時代になっている。「○○と言えば☆☆だよね」「△△だったら%%ってことでしょ?」なんて訳知り顔で知ったかぶり。生活に欠かせない存在となっているインターネット検索や百科事典は、定型量産装置とも言えるのではないか(とか言いつつ恩恵受けまくってるけどね)。


定型は簡単便利だけど、常に"例外"を意識しておく必要がある。仲畑さんのコピーに


「反省だけなら、サルでもできる。」


というのがあるが、それを2014年風にもじらせて頂くと...


「検索だけなら、サルでもできる。」

http://onebigphoto.com/japanese-snow-monkey-smart-phone/


Posted: 2014年12月 4日 21:00