むらさき - MONTHRY ARCHIVES

「週末がつまらないのではない。お前がつまらないのだ
「週末に予定がないのではない。お前に友達がいないのだ」

これは、今から9年ぐらい前に流れていた、とあるラジオCMに出てくる台詞。土日に予定がなくボケーッとしてると、この言葉が脳裏にやってくる。facebookの「友達」欄に何百人も顔が並んでいても、週末に気軽に連絡できる「友達」はほとんどいない。そして、facebookに流れ続ける楽しそうな笑顔やおいしそうな食事の写真を見て、スマホをソファに放り投げる(とか言って実際には充電器に繋ぐ)。

現実社会やfacebookが、つまらないのも、おもしろいのも、全部自分のせいだ。


最近、小林弘人さんのウェブとはすなわち現実世界の未来図である (PHP新書)を読んでいたら、


顔見知り未満の人からの友達申請をすべて認めれば、勝手に大量に送りつけられてくる自己宣伝や、自分の関心とは無縁な投稿がタイムラインに横行するだろう。フェイスブックがつまらないと感じている場合、友だちを整理することをお薦めしたい。受け取る情報が有益になるかどうかは、自分自身がソーシャルグラフをどうデザインするかにかかっている。

なんてことが書いてあった。ふむふむ。おもしろい居場所をつくる・保つためには、ただただ受け取るんじゃなくて整理整頓マネジメントする必要があるよね。


それと受け取ってるばっかりじゃ、おもしろくなるわけない。しょうもない post (=give) でも、有益な take に繋がることがある。例えば、思わぬ人から「□□のこと詳しかったよね?」とか「こないだ書いてた○○について教えてよ」とか。Read Only Member ではウェブと現実世界はリンクしない。(リンクさせたくないんだよ!という人もいるのは承知)。小林さんの著作からもう二つ引用。


誰かにとって無意味な情報であっても、別のひとにとっては重要な意味合いがあるかもしれない。情報発信に対する「愛着」「共感」「信頼」は人によって異なるのだ。


人間はそれほど利他的には生きられない。しかし、直接のお返しを期待しなくとも、自分にとって意味のあることは誰かにとっても意味がある、といった感情をもちつづけて行動することが重要だ。


なにかを読んだ時に「なにがおもしろいのか全く理解できん!」と感じた時は視野を拡げる&視座を変えるチャンスかもしれない。なにかを書く・言う・行う時に「全員ってわけにはいかないけど、あのAさんにとってはおもしろいんじゃないかな」と思って行動するのがいいかもしれない。


世の中全員にとって "つまらない" ものなんて、ない。
すべての "おもしろい" は、たった一人の "おもしろい" から始まっている。
(格言のパクリっぽい感じで終わり)


Posted: 2014年6月12日 17:30
親愛なる同期・日下慶太が、大阪広告協会の「やってみなはれ佐治敬三賞」を受賞した。受賞理由にはこう書いてある。

広告は、単に物を売るためだけのものではなく、人を幸せにする力や感動や共感を呼ぶ力を持っていることを身をもって体現した。メディアが多様化して次々に新しいことに目が向いていくが、一連のポスターや看板が、広告の原点を見せて、多くの感動を呼んだ。

ネット上でもかなり話題になっていた「商店街ポスター展」の仕掛け人が、日下である。

kyuseisyu.png 
画面左上に「救世主は宣伝のプロ」とある通り、見た目からして救世主っぽい日下↑。
ある日、facebookにこんなことを書いていた。


広告はもっと「残る」ことを前提に作ってもよいのではないでしょうか。「心に残る」じゃなくて「モノとして残る」。家買えるぐらいの、いやもっとすごい金額を使って作ることもあるのになあ。残るって大事。


"記録より記憶に残る" なんて慣用句があるけど、記録にも記憶にも残るほうがいいよね。いや、同時は無理か。まずは記憶。あとから記録がついてくるというのが健全?

商店街ポスター展の告知ポスターにはこんなキャッチフレーズ。

「買わんでええから見にきてや」

文の里.jpg

ポスター展が成功した理由は色々とあるだろうが、その秘訣が日下が登場する電通報で語られていた。

  • 「店側と一切調整しない」。だから、「制作者の本当の気持ちがそこにはある」
  • みんなの「おもろいものつくりたいねん」というものすごい欲求が商店街ではじけた。

これって従来の広告のつくり方とはちょっと違う。でも「広告の原点」なんて言われて評価されたし、人を動かした。じゃあフツーの広告には「本当の気持ち」がこもってないってこと...?

広告屋の役割・責任・醍醐味って(調整しなきゃいけないことや諸事情はあるけれど)うきうきワイワイと企てる→みんなの「本当の気持ち」を具現化して世の中に出すことだよなー。
人を幸せにしたり共感を呼んで(=記憶)、売り上げに貢献する(=記録)。そしてその広告自体もモノとして残る(=店頭やYouTubeやお客さんの周辺で見られ続ける)。

ここ2ヶ月ぐらい「広告・コピーのポエム化」なんて記事やSNSをよく見かけるけど、調整や事情に屈しないこと、嘘や建前で塗り固めないこと、それを見た人が笑ったり誇らしくなったり「!」を生むこと、から逃げちゃいかんのだよねーなんて思ったよ日下。

こんなことをだらだらと書いてると「なに小難しく分析しとんねん!もっと自分のやりたい事やりーな!」って怒られそうだけど...(笑)色々と考えるきっかけをもらいました。ありがとう。そんで、受賞おめでとう。

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制作者のうきうき感や熱量は、受け手にちゃんと届く。そんなことを実感したのがもう一件。

先日、CCN(コピーライターズクラブ名古屋)の広告審査会を見学してきた。広告業界には様々な賞があるが、CCN賞の一番の特徴は「誰でも自由に審査を見学できること」。日本全国から応募された400以上の広告を見比べることができるので、若い広告制作者や若くないディレクターやクライアントさんにもオススメできる広告のお祭りだ。CCN賞の審査基準は明快。「その企画に嫉妬したら一票」。

賞を獲るような広告、みんなが制作者(企画者)に嫉妬する広告は、どこかエゴイスティックだ。そして、作り手が「興奮している」のがにじみ出ている。
逆に、いい感じの言葉でしょ?いい感じの音楽でしょ?いい感じの写真でしょ?こんなの好きでしょ?といった「興奮していない」表現はすぐに分かってしまう。

CCN2014のなかで僕がいちばん制作者の体温を感じた、嫉妬したのは大阪音大のムービー。受け手に媚びない、自分がいいと思ったものをまっすぐアウトプットしている表現は、強い。

 
人が嫉妬するようなもん作らなきゃなぁ... と激しく反省しつつ、今日はこのへんで、どろん。

Posted: 2014年6月 5日 12:00
Satoru Murayama
村山 覚 / Satoru Murayama

PROFILE

第5CRP局 コピーライター/CMプランナー
名刺上はこのような肩書ですが「一行の力」や「15秒の短編」で何とかできることは稀で、じっくり&にっこりとストーリーテリングをする仕事だよなぁと思う今日この頃です。